舟が進むと、水に波紋が広がる。
 その様子を眺めながら、わたしは慎重に手紙を開く。
 わたしにとって1番大切なひとからの、すごく大事な手紙。
 何回も読んだせいで、紙の端の方はボロボロになってしまっているけれど。


『はじめまして。

 いちど あったことがあるのに、こんなことばをつかうのは、おかしいかい?

 ぼくは げんきにしているよ。

 つむぎは げんきかい?
 
 こちらのせかいでは、もみじが きれいだよ。
 
 つむぎにも みせてやりたいけれど、あやかしは とてもあぶないいきものだから、こちらにきては いけないよ。

 そちらのいちょうも きれいだろうね。

 またえにかいて みせてくれるかい?
 
 ぼくは、いちょうや もみじや、いろんな しょくぶつをみるのが すきなんだ。

 もじが かけるようになったら、そちらのせかいの いろんなはなのこと、おしえておくれ。

 たのしみに しているね。

 そろそろ さむくなるから、かぜをひかないように きをつけなさい。

 おげんきで。

                 おくりいぬ』


「全部ひらがなで書いてくださるなんて、桔梗さま、やっぱり優しいなぁ」

 桔梗さまの優しいお顔を思い出して、うっとりしてしまう。
 桔梗さまというのは、昔わたしを助けてくださったあやかしだ。
 
 ──送り犬。
 家に帰ろうとするひとに着いてきて、他のあやかしや害獣から守ってくれる、優しいあやかし。 
 そのひとが転けたら喰い殺してしまうけど、それも誤魔化せば大丈夫だ。

 その言い伝えの通り、桔梗さまはすごく優しいあやかしだった。