*

 どれだけ歩いたんだろう。
 星さえ見えない黒い空は、わたしの気持ちも暗くする。
 光がない道を、足を引きずるように歩く。
 きらりと光る何かが見えた、次の瞬間。
 
「──っ!」

 巻き起こる旋風に、足を後ろに引く。
 と、その足に痛みが走った!
 思わずしゃがみ込むと、足首にするどい傷。
 ぱっくり裂けた傷口から、ぼたぼたと血が落ちてくる。

 その間にも、風が吹き荒れたと思えば、いろんなところが切れていく。
 血で汚れていく地面。
 でも、突然風がなくなった。
 ゴウゴウと音はするのに、風を感じない。
 見上げると、風でなびく白い長髪。
 ゴッと鈍い音の後に、完全に風が止む。
 少し先の方に倒れた、茶色い毛並みの、小犬みたいな何か。

「かまいたちだね。厄介な奴だ。
 ──やっと見つけたよ。紬」

 振り返った彼の顔が、彼の持つ提灯に照らされる。
 桔梗さまだ……。
 彼はわたしのとなりにドサっと座り込む。

「ひどい怪我だ。貸してごらん」

 彼はわたしの傷に器用に包帯を巻いていく。
 その手に深い切り傷を見つけてしまった。
 彼は、自分で包帯を巻こうとして、はは、と苦笑い。

「片手じゃ負けないね。考えてみれば当たり前だ。紬、頼めるかい?」

 不器用なりに包帯を巻いてみるけど、するすると解けてしまう。
 怪我をさせてしまう上に、包帯も負けないなんて、役立たずがすぎる。

「すみません、わたし……帰ります」

 よろよろと立ち上がって、一歩、また一歩と彼から離れていく。
 何度も聞こえる、わたしを呼ぶ声。
 痛い。痛いなぁ。
 痛むのは、わたしの傷口ですか。
 それとも…………

「待ってくれ、紬!」

 彼が絞り出したような、唸るようなつらい声。
 聞こえない。聞こえてないよ。
 そう自分に言い聞かせたのに、身体が勝手に振り向いてしまった。

「ぼくはきみの、紬のとなりにいたいと思ってはいけないのかい? 守らせておくれよ……」

 わたしの瞳に映る、桔梗さまの寂しそうな、切ない色。
 彼の震える声に心を掻き乱される。

「桔梗さまのばかっ……!」

 桔梗さまに、となりにいてほしい。
 だけど、だけど……!
 桔梗さまがわたしを守ったら、桔梗さまが危険になる。
 頬や、腕や、いろんなところから覗く包帯。
 わたしと出会った日は、そんなに酷くなかったでしょ、桔梗さま。

「送り犬だからって、わたしのこと守らなくていい……! わたしのために怪我されるのが、いちばん辛い……」

 血で滲んだわたしの手ぬぐい。
 痛々しいよ。
 なんで、わたしのためにそんなに命を張るんですか。
 優しい桔梗さまが、壊れちゃいそうで、すごく怖い。
 だから、おねがいです。桔梗さま。

「わたし、もう、桔梗さまと一緒に──」

 言え。言うんだ。言わなきゃだめだよ、わたし。


「──いたくありません」


 完全に、壊れた。
 自分で壊したのに、自分から離れていったのに、涙が溢れてくる。
 桔梗さまの目が、大きく開く。
 彼はわたしに向けてのばした手を、触れる直前で下ろした。
 

「──紬! そんなこと、嘘でも言っちゃだめ……!」


 飛び込んできた雪さんが、わたしの手を強く揺さぶった。
 
「あやかしだから守るんじゃない。命懸けで守りたいって思うのは、愛してるからでしょう……?」