「おはよう、紬。雪女」

 雪さんと2人で部屋から出ると、ちょうど桔梗さまも隣の部屋から出てきたところだった。

「おはようございます」
「ちょっと、送り犬さま。おはようだけですか? 紬をよく見てください」

 雪さんに言われて、まじまじとわたしを眺める桔梗さま。
 寝起きの少し伏せがちな目がかっこよすぎて、眠気が吹っ飛ぶ。

「あぁ、浴衣を着ているんだね。浴衣は新鮮だろう。この前の袴も似合っていたよ。……髪の毛を結っているのかい?」

 つい、はねた毛先を掴んでしまう。
 今朝、雪さんが三つ編みハーフアップにしてくれたけど、くせっ毛のせいで毛先はぴょこぴょこはねている。

「うん。かわいいよ」

 恥ずかしげもなく、さらっとかわいいだなんて言ってしまうところ、大人だなと思う。
 雪さんに教えてもらったことだけれど、桔梗さまは見た目に反して1000歳超えのご長寿あやかしらしい。

「さぁ、朝食を食べようか」

 運ばれてきた料理を見て、にっこり微笑む姿は、とても1000歳を超えているようには思えないけど。
 とはいえ、わたしも雪さんも、料理にはにっこりだ。

 この宿を営むのは、座敷童子。
 10歳くらいの見た目なのに、料理が上手で、仕事も完璧。
 あやかしはみんな、見た目の割に大人なのかもしれないなんて思ってしまうほどだ。
 
 今日の朝食は、焼き魚にお味噌汁、お漬物などの和食。
 炊き立てのほかほかご飯を幸せそうに頬張る桔梗さま。
 ほんと、桔梗さまはかわいいなぁ。
 こんなところも大好きだ。
 そんなことを考えながら、ふと昨日のことを思い出した。

『あやかしとひととが結ばれるのは、相当難しいことだと思うの』

 雪さんと寝る前に話したとき、かけられた言葉。
 たしかに、桔梗さまとわたしは生きる世界も違うし、年齢だって離れすぎてる。
 結ばれる確率は、何%くらいなんだろう。
 無意識に桔梗さまをじっと見つめていたらしく、彼は箸を動かす手を止めた。

「どうしたんだい、紬。料理が口に合わないかい?」
「ううん、おいしいです。ただ……」

 こんなことを聞いても、桔梗さまを困らせてしまうだけ。
 そう分かっていたけど、聞いておきたかった。

「桔梗さま、わたし、ずっと桔梗さまのとなりにいられますか? いてもいいですか?」

 彼は目を大きく見開いて、固まる。
 やっぱり、困らせてしまっただろうか。
 困らせれば困らせるほど、結ばれる確率は、低くなるんじゃないのかな。
 どんどん不安の沼に沈んでいきそうになった、その瞬間。
 桔梗さまが、ふはっと吹き出した。

「そんなことを心配しているのかい。となりにはいられなくても、手紙は送り続けるよ。だから安心しなさい」

 桔梗さまの優しい眼差しに、ほっとする。
 となりでいられるかなんて、余計な心配だったみたいだ。
 それに、結ばれる確率が限りなく低くても、わたしはずっと、桔梗さまを好きだと思うから。
 
「桔梗さま、ありがとうございます」
「……どういたしまして」
 
 笑い合うわたしたちに、雪さんが口を開きかけた、そのとき。

「お食事中失礼いたします。
 ──お客さまに、追手が迫っているようでございます」

 勢いよく襖が開いて、座敷童子が切羽詰まった顔を覗かせた。