いつの間にか、また眠りに落ちていた。
目を覚ますと、日は完全に昇りきった後だった。
俺は街に向かって山を下りる。
日暮れ前には、ナルマナの街へたどり着いた。
ここからは首都ライノルトまで、遠く人の街が広がる。
かつては、ルーベンのような辺境の田舎町だと思っていたが、随分と発展していた。
レンガを敷き詰めた道には外灯が立ち、ガラスを張ったショウウインドウの前を、飾り立てた馬車が走る。
住民もそれなりの身なりをしていた。
少なくともカズやルーベンのように、畑仕事をしているような連中ではない。
夕陽に沈み始めた街を歩く。
子供が一人で歩いていても、誰も気にとめることはないくらいの都会だ。
宵口の街角に立ち、歌を歌う。
もちろんただの歌ではない。
聞いた相手に金を出させるための、魔法の歌だ。
「ありがとう」
緑の目が、道行く大人たちに、俺は魔法使いだと知らしめている。
子供の魔道士見習いが歌うのは、今も昔もいつだって物乞いの歌だ。
わずかな金を手に入れ、閉店間際のパン屋に入る。
小汚い物乞いの子供でも、長く伸びた前髪の隙間から、その目を見せれば許される。
「インチキ魔法で稼いだ金でも、金は金だよなぁ!」
店から出てきた俺に、道行く男たちがそんな罵声を浴びせてきた。
案の定、仲間と共にゆっくりと追いかけてくる。
路地裏に回り込んだところで、肩をつかまれた。
「おい。お前、いくらでも稼げるんだろう? だったら持ってる金、ちょっと分けてくれよぉ」
辺りはすっかり、暗くなっていた。
他に人の気配もない。
呪文を唱える。
せっかくのパンが、不味くなるのはゴメンだ。
「俺の機嫌がそれほど悪くないことに、感謝するんだな」
「なんだよ、また魔法か? 残念だが俺たちは、そんなち……、ま、待て!」
俺を取り囲んだ、三人の男を拘束する。
動きたくても動けず、声も出せなくなった男たちの懐から、しょぼい財布を探り出す。
呪文によって、フワフワと浮き上がって出てきたそれは、中身だけを手の平に残して落下した。
「まぁ確かに、物乞いの子供から、巻き上げなきゃならないくらいの安さだな。お前らと一緒だ」
汚いおっさんどもの、悔しがる顔を見ながら、食べる食事も悪くない。
俺は買ってきた包みを開くと、その場に腰を下ろしてかぶりつく。
ハムと卵を挟んだ大きな丸パンだ。
男の腰にぶら下がった小瓶から、気付け用のウイスキーを見つけて、あおる。
焼けるような喉の痛みに、思わずむせた。
「おかしな気配がすると思って、のぞいてみれば……」
通りの角から、男がひょっこりと顔をだした。
占い師だ。
同じ魔道士でありながら、未来予知を専門とする、魔法使いの中でも一番胡散臭い種類の連中だ。
「大の大人が、やたら子供っぽい歌を歌うもんだと思っていたが、まさか本当に、こんな子供だったとは……」
浅黒い肌に、黒く短い巻き毛。
ボロボロのテンガロンハットの下は、目の覚めるような緑の目がある。
波打つ髪を、くしゃりとかき上げた。
腰に拳銃を差し、ニヤリと口角を上げる。
「坊主。腹減ってんのか。何かもっと美味いもんでも、食わせてやろうか?」
「誰が占い師の言うことなんか、信じるかよ」
「ほう! よく俺が占い師だって分かったな。大概の連中は、この格好で俺をガンハンターだと勘違いすんのに」
酒臭い息に、わずかな火薬の臭いがつきまとう。
元々占い師という類いは気に入らないが、こんな奴はなおさらだ。
「帰れ」
「おいおい、コイツらはそのままかよ」
その男は、身動きも取れず、声も上げられない連中を振り返った。
「朝になったら、親切で優しい魔道士にでも、術を解いてもらうといいよ。きっと俺みたいなインチキ魔道士でも、お手の物だからね」
「おいおい。解いてやれよ、意地悪だなぁ~。意地悪はしちゃダメだって、学校で習わなかったのか?」
男はポンと片手を自分の頭に乗せると、呪文を唱え始めた。
「んん?」
彼はその眉を寄せる。
唱える呪文構文を、一段階格上げした。
と、男たちの呪縛が解かれる。
「クソガキが! 覚えてろよ」
占い師の男は、逃げ去る背中にやれやれとため息をついた。
「だってさ、ぼく!」
俺はそれを無視して、歩き始める。
あんな連中のことに、興味はない。
「しかし、アレは普通の魔道士にはちょっと難しいぞ。解けないことはないだろうが」
まとまった金は手に入った。
体を休める場所が欲しい。
宿を取りたいところだが、十一歳の子供に、果たしてそれが可能なのか……。
ナルマナの街は、ルーベンとは比べものにならないほど、発展していた。
かつてこの辺りは、一面の草が広がる、ただの草原だったのにな。
遠く両脇に見える、山脈の地形は変わらない。
俺が倒されたこの十年程度の間に、これだけ変わったのか。
新しく出来た街には、身なりを整えた人間も多いが、流れ者も多い。
占い師の男は、ずっと後をついて来る。
「あぁ、分かった! 宿を探してるんだ。子供一人じゃ、さすがに泊めてくれるところは、ないからなぁ」
俺は、そう言った男を見上げる。
なんだコイツ。
なんでずっと俺の後をつけてくる。
「よかったら、うちに来るか? 予想通り汚いところだけど、道ばたで寝るよりマシだろ」
「なぜ俺に構う」
「んん? そりゃこんな子供が、一人で夜道を歩いてるんだ。マトモな大人なら、放っておけないだろ?」
そう言って、俺にウインクを投げた。
やっぱりコイツは、信用ならない。だけどまぁ、恐れるほどのものでもないか。
「……。では、頼む」
男は浅黒い顔に、ニヤリと笑みを浮かべた。
煙草で黄ばんだ歯を見せる。
「はは。いいぜ、来いよ」
男に連れられて、さらに薄汚い路地へと入り込んだ。
大通りは整備され、何一つゴミも落ちていないのに、一歩路地裏へ入ると、その全てのゴミクズを掃き寄せたような光景が広がる。
そこかしこに酔い潰れた人間が寝転がり、蹴破られたような看板と、ヒビの入ったガラス窓もそのままだ。
「突貫工事で出来た街だからな、ここは。工事にかり出された連中が、帰るところをなくして、こんなところで寝てるんだ」
建築資材や雨水の溜まった木箱が、むき出しのまま置かれている裏路地を、地下へと下りる。
少し階段を下りたところに、小さなバーの看板がぶら下がっていた。
その横にあったドアを足で蹴りあげる。
「ほら、仕事の時間だぞ。さっさと行ってこい」
足の踏み場もないほど散らかった部屋で、女が寝ていた。
「あらディータ。また拾いものしたの?」
小さなベッドから起き上がると、二人は口づけを交わす。
「ふふ。こんなかわいい男の子だったら、今回は許してあげる」
「ほら、遅れたらまたドヤされるぞ」
薄い肌着一枚を被ったまま、女は外へ出て行く。
ディータと呼ばれた男は、そのままベッドへ寝転がった。
「あぁ。腹減ってたんだっけ?」
「それはもういい」
ついてきたのはいいけど、俺はどこで寝ればいいんだろう。
散らかりまくった部屋を見渡す。
どこか横になれる場所を……。
「来いよ」
「うわっ!」
ディータは俺の腕を掴むと、ベッドに引き寄せた。
そのまま、ぬいぐるみのように抱きかかえられる。
「離せ!」
「まぁそう言うなって。たまにはいいだろ」
ディータは片手で俺の顎を掴むと、こめかみに唇を寄せキスをする。
じっとその目をのぞき込んだ。
「随分深い緑だな。生まれつきか? 俺の目も緑だろ? 必死で馴染ませたんだ。体に魔法石を」
「いいから、さっさと離せ」
一人用にしても、小さめのベッドだ。
暴れる俺に、ディータは手を離すと、ぐるりと背を向けた。
「まぁ寝ろよ。起きたら、朝飯くらい食わせてやる」
男は目を閉じ、静かに呼吸していた。
魔法で、ランプの灯りを消す。
まさか本当に眠ってしまったとは信じていないが、今日はここで寝るしかないようだ。
俺のすぐ脇で、動かなくなってしまった男を見下ろす。
魔道士と占い師は、同じ魔法石からの魔力を使うとしても、使い方が違う。
その気配と臭いは、同じ魔法使いなら区別がつく。
こいつは占い師だ。
多少の魔法は使えるようだが、占い師の臭いの方が強い。
占い師は嫌いだ。
予言者と名乗り始めたら、それはさらに最悪。
やがて賢者となり大賢者とか言い出したら、そいつはもう敵だ。
男とシーツとの間にうずくまる。
人肌を感じながら寝るのも、カズを出て以来久しぶりだ。
念のため防御用のシールドを張っておこうか?
ふとそんなことが頭をよぎるが、結局そのまま、眠ってしまった。
目を覚ますと、日は完全に昇りきった後だった。
俺は街に向かって山を下りる。
日暮れ前には、ナルマナの街へたどり着いた。
ここからは首都ライノルトまで、遠く人の街が広がる。
かつては、ルーベンのような辺境の田舎町だと思っていたが、随分と発展していた。
レンガを敷き詰めた道には外灯が立ち、ガラスを張ったショウウインドウの前を、飾り立てた馬車が走る。
住民もそれなりの身なりをしていた。
少なくともカズやルーベンのように、畑仕事をしているような連中ではない。
夕陽に沈み始めた街を歩く。
子供が一人で歩いていても、誰も気にとめることはないくらいの都会だ。
宵口の街角に立ち、歌を歌う。
もちろんただの歌ではない。
聞いた相手に金を出させるための、魔法の歌だ。
「ありがとう」
緑の目が、道行く大人たちに、俺は魔法使いだと知らしめている。
子供の魔道士見習いが歌うのは、今も昔もいつだって物乞いの歌だ。
わずかな金を手に入れ、閉店間際のパン屋に入る。
小汚い物乞いの子供でも、長く伸びた前髪の隙間から、その目を見せれば許される。
「インチキ魔法で稼いだ金でも、金は金だよなぁ!」
店から出てきた俺に、道行く男たちがそんな罵声を浴びせてきた。
案の定、仲間と共にゆっくりと追いかけてくる。
路地裏に回り込んだところで、肩をつかまれた。
「おい。お前、いくらでも稼げるんだろう? だったら持ってる金、ちょっと分けてくれよぉ」
辺りはすっかり、暗くなっていた。
他に人の気配もない。
呪文を唱える。
せっかくのパンが、不味くなるのはゴメンだ。
「俺の機嫌がそれほど悪くないことに、感謝するんだな」
「なんだよ、また魔法か? 残念だが俺たちは、そんなち……、ま、待て!」
俺を取り囲んだ、三人の男を拘束する。
動きたくても動けず、声も出せなくなった男たちの懐から、しょぼい財布を探り出す。
呪文によって、フワフワと浮き上がって出てきたそれは、中身だけを手の平に残して落下した。
「まぁ確かに、物乞いの子供から、巻き上げなきゃならないくらいの安さだな。お前らと一緒だ」
汚いおっさんどもの、悔しがる顔を見ながら、食べる食事も悪くない。
俺は買ってきた包みを開くと、その場に腰を下ろしてかぶりつく。
ハムと卵を挟んだ大きな丸パンだ。
男の腰にぶら下がった小瓶から、気付け用のウイスキーを見つけて、あおる。
焼けるような喉の痛みに、思わずむせた。
「おかしな気配がすると思って、のぞいてみれば……」
通りの角から、男がひょっこりと顔をだした。
占い師だ。
同じ魔道士でありながら、未来予知を専門とする、魔法使いの中でも一番胡散臭い種類の連中だ。
「大の大人が、やたら子供っぽい歌を歌うもんだと思っていたが、まさか本当に、こんな子供だったとは……」
浅黒い肌に、黒く短い巻き毛。
ボロボロのテンガロンハットの下は、目の覚めるような緑の目がある。
波打つ髪を、くしゃりとかき上げた。
腰に拳銃を差し、ニヤリと口角を上げる。
「坊主。腹減ってんのか。何かもっと美味いもんでも、食わせてやろうか?」
「誰が占い師の言うことなんか、信じるかよ」
「ほう! よく俺が占い師だって分かったな。大概の連中は、この格好で俺をガンハンターだと勘違いすんのに」
酒臭い息に、わずかな火薬の臭いがつきまとう。
元々占い師という類いは気に入らないが、こんな奴はなおさらだ。
「帰れ」
「おいおい、コイツらはそのままかよ」
その男は、身動きも取れず、声も上げられない連中を振り返った。
「朝になったら、親切で優しい魔道士にでも、術を解いてもらうといいよ。きっと俺みたいなインチキ魔道士でも、お手の物だからね」
「おいおい。解いてやれよ、意地悪だなぁ~。意地悪はしちゃダメだって、学校で習わなかったのか?」
男はポンと片手を自分の頭に乗せると、呪文を唱え始めた。
「んん?」
彼はその眉を寄せる。
唱える呪文構文を、一段階格上げした。
と、男たちの呪縛が解かれる。
「クソガキが! 覚えてろよ」
占い師の男は、逃げ去る背中にやれやれとため息をついた。
「だってさ、ぼく!」
俺はそれを無視して、歩き始める。
あんな連中のことに、興味はない。
「しかし、アレは普通の魔道士にはちょっと難しいぞ。解けないことはないだろうが」
まとまった金は手に入った。
体を休める場所が欲しい。
宿を取りたいところだが、十一歳の子供に、果たしてそれが可能なのか……。
ナルマナの街は、ルーベンとは比べものにならないほど、発展していた。
かつてこの辺りは、一面の草が広がる、ただの草原だったのにな。
遠く両脇に見える、山脈の地形は変わらない。
俺が倒されたこの十年程度の間に、これだけ変わったのか。
新しく出来た街には、身なりを整えた人間も多いが、流れ者も多い。
占い師の男は、ずっと後をついて来る。
「あぁ、分かった! 宿を探してるんだ。子供一人じゃ、さすがに泊めてくれるところは、ないからなぁ」
俺は、そう言った男を見上げる。
なんだコイツ。
なんでずっと俺の後をつけてくる。
「よかったら、うちに来るか? 予想通り汚いところだけど、道ばたで寝るよりマシだろ」
「なぜ俺に構う」
「んん? そりゃこんな子供が、一人で夜道を歩いてるんだ。マトモな大人なら、放っておけないだろ?」
そう言って、俺にウインクを投げた。
やっぱりコイツは、信用ならない。だけどまぁ、恐れるほどのものでもないか。
「……。では、頼む」
男は浅黒い顔に、ニヤリと笑みを浮かべた。
煙草で黄ばんだ歯を見せる。
「はは。いいぜ、来いよ」
男に連れられて、さらに薄汚い路地へと入り込んだ。
大通りは整備され、何一つゴミも落ちていないのに、一歩路地裏へ入ると、その全てのゴミクズを掃き寄せたような光景が広がる。
そこかしこに酔い潰れた人間が寝転がり、蹴破られたような看板と、ヒビの入ったガラス窓もそのままだ。
「突貫工事で出来た街だからな、ここは。工事にかり出された連中が、帰るところをなくして、こんなところで寝てるんだ」
建築資材や雨水の溜まった木箱が、むき出しのまま置かれている裏路地を、地下へと下りる。
少し階段を下りたところに、小さなバーの看板がぶら下がっていた。
その横にあったドアを足で蹴りあげる。
「ほら、仕事の時間だぞ。さっさと行ってこい」
足の踏み場もないほど散らかった部屋で、女が寝ていた。
「あらディータ。また拾いものしたの?」
小さなベッドから起き上がると、二人は口づけを交わす。
「ふふ。こんなかわいい男の子だったら、今回は許してあげる」
「ほら、遅れたらまたドヤされるぞ」
薄い肌着一枚を被ったまま、女は外へ出て行く。
ディータと呼ばれた男は、そのままベッドへ寝転がった。
「あぁ。腹減ってたんだっけ?」
「それはもういい」
ついてきたのはいいけど、俺はどこで寝ればいいんだろう。
散らかりまくった部屋を見渡す。
どこか横になれる場所を……。
「来いよ」
「うわっ!」
ディータは俺の腕を掴むと、ベッドに引き寄せた。
そのまま、ぬいぐるみのように抱きかかえられる。
「離せ!」
「まぁそう言うなって。たまにはいいだろ」
ディータは片手で俺の顎を掴むと、こめかみに唇を寄せキスをする。
じっとその目をのぞき込んだ。
「随分深い緑だな。生まれつきか? 俺の目も緑だろ? 必死で馴染ませたんだ。体に魔法石を」
「いいから、さっさと離せ」
一人用にしても、小さめのベッドだ。
暴れる俺に、ディータは手を離すと、ぐるりと背を向けた。
「まぁ寝ろよ。起きたら、朝飯くらい食わせてやる」
男は目を閉じ、静かに呼吸していた。
魔法で、ランプの灯りを消す。
まさか本当に眠ってしまったとは信じていないが、今日はここで寝るしかないようだ。
俺のすぐ脇で、動かなくなってしまった男を見下ろす。
魔道士と占い師は、同じ魔法石からの魔力を使うとしても、使い方が違う。
その気配と臭いは、同じ魔法使いなら区別がつく。
こいつは占い師だ。
多少の魔法は使えるようだが、占い師の臭いの方が強い。
占い師は嫌いだ。
予言者と名乗り始めたら、それはさらに最悪。
やがて賢者となり大賢者とか言い出したら、そいつはもう敵だ。
男とシーツとの間にうずくまる。
人肌を感じながら寝るのも、カズを出て以来久しぶりだ。
念のため防御用のシールドを張っておこうか?
ふとそんなことが頭をよぎるが、結局そのまま、眠ってしまった。