削り出した岩の形を、そのまま生かした巨城の中へ入ってゆく。

結界がさらに強化されている。

俺は自分の身を保つための魔法を強化した。

そうでなければ、このまま中には入れない。

すぐにでも体が溶け出しそうだ。

城周辺の施設は跡形もなく破壊されていたが、内部は比較的、そのままに残されているようだった。

まぁ、どこに悪夢が隠されているのか分からないのだから、仕方ないか。

磨き上げられた黒い床石は、歩き回るザコどものせいで、すっかりくすんでいる。

そのエントランスにあたる大ホールを、ディータとフィノーラは見上げた。

「すっげぇな。なんだこのホール!」

「天上は吹き抜けになってるのね」

「巨大なドラゴンやモンスターたちが、ひっきりなしに出入りしていたんだ。比較的間口は、広く作られていたんだよ」

 ここへ初めて、フレアドラゴンを連れ込んだ時は楽しかったな。

鎖に繋ぎ引きずられ、大暴れしたんだ。

おかげで装飾の何もかもが壊され、以来ずっとそのままだ。

散々見世物にして楽しんだ後で、なぶり殺した。

あの時の恨めしそうな目は、いまだに覚えている。

あの怒りと苦しみに満ちた目は、アイツが一番だった。

それにしても聖騎士団のやつらも、ついでに壁の壊れたところも、直しておいてくれればいいのに。

コイツら、そういうことはしないんだなぁ。

「計画的なのか全くの考えなしか。この山脈の中といい地下といい、全てが複雑なダンジョンになっていて、未だにその全てが攻略されていない。与えられた地図は、現在分かっているところまでのものだ。俺たちの指命は、このダンジョンの全貌解明でもある」

「なんで大賢者ユファさまは、直接捜索しないんだ? その方が早いだろ」

「お忙しい方なんだ。他にやるべきことが、沢山おありになる」

 フン。そうか。

ということは、本当にまだ悪夢は見つかっていないし、そこにかけておいた術も、解かれていないということだ。

だからユファと生き残ったかつての仲間たちは、この城に入れない。

「気分は悪くない?」

 フィノーラが話しかけてくる。

「ここの空気、確かに悪いわ。エルグリムはまだ死んでない、滅んでないって、ようやく分かった。ここに来た今なら、それが理解できる」

「だよな。ここにはまだ、魔王の力が残っている。これこそが確かな、生きている証だ」

 黒い城内に、外からの光りが降り注ぐ。

俺はようやく居城に戻ってきた感激に、全身が震えている。

この城は、俺とその仲間たちで造ったんだ。

地下のダンジョンも、ほぼ覚えている。

「なんだナバロ。怖ぇのか?」

 ディータの言葉に、イバンは微笑む。

「恐れることはない。ここに魔王はいない。私たちといれば、絶対に大丈夫だ」

「そうだね、イバン。みんなと一緒に居れば、きっと大丈夫だ」

 通路には、所々にロープが張られていた。

地図を見ると、シロと判断された所を区切っているらしい。

その案内に従って、奥へ奥へと進む。

「こんな大きな城で、エルグリムは一人で暮らしていたのかしら」

「常に大勢の魔物たちが仕えていた。今、グレティウスで採れる魔法石は、全てその魔物たちに与えられていた魔力が、石化したものだと言われている」

「だとしたら、本当に凄い魔力の持ち主だったんだな。人間じゃねぇ」

「血の通った人間は、何百年も生きたりはしないし、あんな残酷非道な真似も出来ない」

 黒い城の、城下町を見下ろす通路を抜け、野外の崖上に設置された祭壇横を通る。

空に突き出たその場所には、灯籠と台座がまだ残されていた。

「ここが処刑場跡だ」

「最悪。何人もの人が殺されたんでしょう?」

「何百、何千って話しじゃなかったか?」

「かつてこの地に繁栄した国王にその妃たち、王子、王女、王族に並ぶ騎士や貴族たち。僧侶や名だたる名君も、戦士たちも全て、ここで殺され魔物たちに生け贄として与えられた」

「酷い」

「まだ流された血の跡が残っているんだな」

 泣いて命乞いをする者、寝返りを誓う者、歯を食いしばり、苦痛と恐怖に耐える者。

色々だ。

滴り落ちた血はそこから崖を伝い、流れる川を赤く染めた。

「つーか、武器の携帯が必要ってことは、まだ魔物が潜んでるってことか?」

「ガイダンスをちゃんと聞いていなかったのか。報告数は少ないが、ゼロではない。怪我人や死者も出ている」

「悪夢発見の内部抗争じゃなくて?」

 ディータはそう言って、ニヤリと口角を上げる。

イバンはそれを無視し、淡々と答えた。

「発見の報告はまだない。そこに悪夢はなかったし、討伐されたモンスターの死骸も回収されている。ここに残る魔力の残余が、それらを呼び寄せているんだ」

 俺自身が自分の体を保つのさえやっとなんだ。

他の魔物たちは、とうていこの結界の中には入れまい。

さらに奥へと進む。

かつて舞踏会が開かれた大広間を横切り、美術品をいくつも並べた展示室脇を通る。

そこに飾られていたはずの、かつての国王たちの頭蓋骨や宝剣は、すでにない。

あの光り輝く宝石や王冠、首飾りはどうした? 

まさか全て処分されたとも考えにくい。

ユファどもが奪ったのか? 

あの白くピカピカと光る、新しい立派な中央議会の館へ、移されたのか……。

「どうした、ナバロ?」

 イバンの問いかけに、我に返る。

気づけばフィノーラとディータも、じっとこっちを見ていた。

「いや、何でもない」

 再び歩き出す。

大食堂から厨房を抜け、控えの間の、前を通った。

地図を頼りに進むイバンが、廊下の角を曲がる。

「こっちは?」

 俺が指で示した方向には、規制線のロープが張られていた。

分からないように何重にもマジックバリアまで仕掛けられていて、随分ご大層に侵入を禁止している。

「そこは……。なんだろうな。地図でも立ち入り禁止区域に指定されている。過去になにか、事件があったのかもしれない」

 その言葉に、フィノーラの顔に不安がよぎる。

「モンスターが出たとか?」

「殺された兵士たちの、怨霊なのかもしれないぜ。ナバロには分かるか?」

 ディータは俺を振り返った。

「いや……。イバンに聞けよ」

「私にも、そこまでは分からない。先を急ごう。この城はとてつもなく広い」

 図書館だ。

この先には、世界各国から集めた、様々な書物や珍しい資料を集めた博物館もあった。

確かにそれらには一つ一つ魔法をかけ、持ち出されないようにはしていたが、それはさっき見た宝石類に関しても同じことだ。

なのにここだけを封じているとは、どういうことだ? 

残っていた備品や装飾品は跡形もないのに……。

もしかして、そのままにされている? 

すぐにでも行って確かめたいが、今はそれが出来ない。

魔力を使う、余力がない。

奪われたものの大きさに、ギリギリと歯を食いしばる。

「……。なにもかも、全て取り戻すんだ……」

「そうよ、ナバロ。私たちはもう、誰にも支配されない。奪われない」

「大魔王の息の根を、完全に止めるためにここまで来たんだ」

 フィノーラは決意を固め、ディータはニヤリと微笑む。

イバンは力強くうなずいた。

「その通りだよ、ナバロ」

 さらに奥へと進む。

イバンの地図を見ると、俺のプライベートゾーンだった場所は、立ち入り禁止区域に指定されていた。

あの快適で過ごしやすかった俺の部屋は、どうなっているのか。

捕らえて飼っていたお気に入りの人魚やハルピュイアたちも、聖騎士団に皆殺しか?