「マジックアイテムだ。それで馬車が止められてる」

 呪文を唱える。

単純に剥がそうとしても剥がれないヤツだ。

この物体にかけられた呪文を解くか、施術者に解除させないことには、解放されない。

「ちっ、簡単にはいかねぇってことか!」

 ディータのムチがしなった。

呪いを解く方法は色々あるが、こういった道具を作る連中には、職人芸として、パズルのように細かな仕掛けを入れていることが多々ある。

それを見抜いて解除するのは、なかなかに難しい。

てゆーか、面倒くさい。

「車輪ごと交換するのが、一番早いな」

「そんなこと、この状況で出来ませんよ!」

 御者の悲鳴に、フィノーラは声を荒げた。

「私に任せて!」

「任せられるか!」

 珍しくイバンとディータの意見が一致した。

誤爆を全く躊躇しないフィノーラの爆風弾に、盗賊たちも引き気味だ。

馬車に向かって弾け飛んだそれを、イバンの剣が切り裂く。

「馬車が動かないのなら、盗賊団を捕らえるしかなかろう」

「アホか。キリがねぇだろ。馬車に近寄る連中だけを相手にして、逃げちまえばいいんだよ。それに今は、聖騎士団の仕事中じゃないんだろ?」

「休暇中でも必要があれば、任務を全うする!」

「あぁもう! とにかく追い払えばいいんでしょ!」

 だがまぁ、こういったパズルゲームは、厄介だが嫌いではない。

かつては俺も、あちこちに仕掛けて楽しんだ。

「呪いを解く。少し静かにしててくれ」

「だがそれでは、作戦の話し合いにはならない」

「話してる場合じゃねぇだろ。盗賊の仲間が増えたぞ」

「だから全部追い払えばいいのよ!」

 呪文の声。

三人が三様に何かを唱えている。

『もう一度我に力を』
『風よ我が身を運べ』
『最大暴風風起こし!』

 イバンが回復魔法で、ディータはスピードアップ。

フィノーラに関しては、呪文まで雑過ぎてよく分からない。

ぎゃあぎゃあわめきながら戦っている横で、俺はパズルゲームに取りかかる。

「う~ん。単なる足止めだからなぁ……」

 この粘土のような、ゼリーのような物体に、使われている魔法石の質量はさほど大きくない。

つまり、それほど難しい仕掛けではないということだ。

それに、これはどうやら、盗賊団の魔道士連中が作ったものではないようだ。

魔法の臭いが違う。

どこからか買ってきた量産品か?

「それにしては、よく出来てるなぁ~。これは値が張っただろうに」

 面白そうなパズルは、じっくりと解くに限る。

蹄の音が響いた。

土手上に、さらに盗賊団の数が増える。

「仲間が現れたじゃないか。くそ、首領はどこだ」

「フィノーラ、自慢の馬鹿力でぶっ飛ばせ!」

『総力全包囲!』

 ゆらりと、大きく風が動いた。

フィノーラの魔力回復も進んでなかったか? 

いつもの勢いがない。

大きな斧を担いだ男が、馬に乗ったまま進み出た。

「テメーら! さっさとあの聖剣士さまの首を取れ! そうすりゃ腐れ魔道士どもは、すぐだ!」

 そう言うと、男は馬を走らせた。

雄叫びが上がる。

散々イバンたちが暴れ回ったあとで、ようやく現れた首領だ。

その後ろに、数十人の騎馬隊が続く。

「狙いはイバンだ。ノーコンフィノーラ。馬ぐらいからなら、ヤツを落とせるか?」

 ディータのムチがしなる。

それは斧を持つ男の手に絡みついた。

フィノーラ衝撃弾が、首領の頭をかすめる。

男はくるりと体をひねると、馬上から飛び降りた。

その腕に絡みついたままの、ムチを引く。

ディータの体が引きずられた。

「そこまでだ!」

 飛び上がったイバンの剣が、男の上に降りかかる。

首領は斧を持ったまま、グッと体を反らせると、イバンを蹴り上げた。

「チェノスの大斧だ! グレティウスへ向かう荷馬車を襲う、大盗賊団だ!」

 ガタガタと震える御者の言葉に、俺は顔を上げた。

「有名なのか?」

「あいつらに見つかって、無傷で済んだ者はいねぇんだ」

「だってさ!」

 蹴り飛ばされたイバンは、草の中でゆらりと立ち上がる。

「だとしたらなおさら、ここで捕らえてしまわなくてはな」

「フン! 面白れぇじゃねぇか」

『急速大回転!』

 男は右手に持っていた斧を、左手に持ち変えると、ムチの上に振り下ろす。

ディータはそれをサッと引いた。

大斧は地響きをあげ、地面に突き刺さる。

イバンの剣が、男の腕を狙った。

首領はその斧を、ブンと振り上げる。

「イバン!」

 斧と剣がかち合った。

火花が飛び散る。

フィノーラの放ったエアカッターが、交差する二人を同時に切り裂く。

騎馬隊の群れが、駅馬車を取り囲んだ。

「ナバロ、そっちは任せたぞ」

 あぁ、面倒くさいな。

どうして俺がこんなこと……。

右手を上げる。

呪文は何にしよう。

もういっそのこと、コイツら全員、息の根を止める魔法を……。

そう思った瞬間、木箱の扉が開いた。

「俺たちも戦う!」

「こっちは任せろ!」

 乗客たちが、それぞれ身につけていた武器を片手に飛び出した。

車輪の横にいる俺を振り返る。

「坊主はそこから動くなよ」

「みんな戦ってるんだ。せめて馬車くらいは、俺たちに守らせてくれ」

「……。分かった」

 乗客たちに、動くなと言われてしまったのだから、仕方がない。

戦い慣れた盗賊団に比べ、乗客たちの動きはぎこちない。

それでも必死になって、自分たちの身を守ろうとしていた。

「なんで戦ってるんだ?」

 二人いる御者のうちの一人が、必死の形相で御者台から拳銃を撃っているが、ほとんどろくに当たってもいない。

「黙って見てるわけにはいかないからさ」

 なんだ、それ。

あぁ、馬上の盗賊が、剣を振り回している。

乗客の一人が腕を斬られた。

大斧を持つ男も暴れているのに、これではよけいにイバンたちがやりにくいじゃないか。

ほらみろ、フィノーラは自分の暴走魔法が使えなくなって、困っている。

 ディータの背後に近づいた盗賊を、乗客の一人が切りつけた。

ディータはそこへ、膝蹴りを加える。

イバンが大斧の男と距離を取った。

その瞬間、御者の撃った弾が斧に当たった。

そこに気を取られたすきに、イバンは剣を振り下ろす。

その光景は、まるで協力しているようにも見えた。

「よけいに戦況が混乱したじゃないか」

「子供の目には、そう見えるかもしれないな。だけど……」

 御者はヘタな鉄砲を撃ち続ける。

「何もしないでいるよりは、ずっといいだろ」

 フィノーラのコントロールが精度を増す。

あいつ、ちゃんと狙って魔法を打とうと思えば、狙えるんだ。

いつもより小さな衝撃弾を、乗客たちの動きを見ながら、丁寧に馬上の盗賊にぶつけている。

フィノーラの魔法で馬から落ちた盗賊を、乗客たちが羽交い締めにしている。

「なぜ助け合う」

「なぜ? だって、そういうもんだろ。それにしても、あんたの仲間は強いな」

 そう言って、彼は笑った。

「お前もカッコいいよ」

 ディータのムチが、大斧の柄を捕らえた。

「そのまま動くなよ……」

 ディータがムチを引く。

と、男はわずかに斧の角度を変えると、不意にその手を放した。

「ディータ!」

 ムチのその反動で、斧の刃先がディータに向かう。

フィノーラの衝撃弾が、大斧の位置をわずかにずらした。

首領の男は、剣を持つイバン腕を、ガッツリと上から抑えつけた。

「矢を撃て!」

 遠巻きに見ていた盗賊団から、一斉に矢が放たれる。

それの標的は、木箱や馬たちも例外ではない。

『最大暴風風起こし!』

 俺が呪文を唱えるより早く、フィノーラの声が響いた。

大地から湧き上がるそれは、飛んでくる弓矢もろとも、盗賊団もイバンもディータも、一緒に戦う乗客たちも、空高く巻き上げる。

「あ」

「だからお前は、加減を覚えろ!」

 イバンはその空中で首領の背後を取り、その刀身は男の首を捕らえた。

ディータは魔法で、全員をゆっくりと着地させる。

朝日が昇り始めた。

「さぁ、お終いだ。どうする?」

 主にフィノーラの誤爆によって、擦り傷だらけになったイバンは、首領に迫った。

辺りにはまだ、無数の盗賊団が残っている。