山の奥深い崖上に舞い降りる。

いくらドラゴンとはいえ、これだけのチビ竜に三人も乗せて飛ぶことは、これ以上無理だった。

「ありがとう。助かったよ」

 その鼻先を撫でてやる。

チビはうれしそうに目を閉じた。

「ねぇ……。どうやって懐かせたの?」

「お、俺も……、触っていいかな……」

 気がつけば、フィノーラとディータはキラキラと目を輝かせ、こっちを見ている。

「……。まぁ、平気なんじゃない?」

 途端に二人は、チビに飛びついた。

「キャー! かわいい! こういうの憧れだったんだよねー!」

「俺も俺も! やっぱドラゴンだよなぁ!」

 チビはしばらく二人に撫でられていたが、突然嫌になってしまったのか、空へ飛び上がった。

「またな」

「え~! もう行っちゃうの?」

「な、また呼んだら来る? まだ呼んだら来てくれる?」

「さぁ。来るんじゃないのか?」

 飛び去る姿に、二人はぴょんぴょんと跳びはねながら、盛大に手を振っている。

太陽は間もなく隠れようとしていた。

森の中へ入る。

「魔力はどれくらい残ってる?」

 今晩はここで野宿だ。

フィノーラがたき火に火をつけ、ディータは仕留めてきた鳥の皮を剥いでいた。

「残ってるわけねぇだろ。もう全部使い果たした。フィノーラは?」

「私も。もうそんなに大きい魔法は使えない」

 俺だってそうだ。

さすがに魔法石で補給しないと、ほぼ枯渇している。

簡単な魔法しか使えない。

「どっかで調達するかぁ?」

「どうやって稼ぐのよ」

 魔法石はとても高価な品だ。

「あれ? ビビからもらった石がなかった?」

「あんなもんとっくに使い果たした」

「どうしてよ!」

「でかい魔法使ったんだよ。仕方ないだろ」

 焼き上がった肉にかぶりつき、フィノーラの鞄に残っていた乾パンをかじる。

「目的地はグレティウスなんだろ?」

「着いたところで、どうすんのよ。ガッツリ監視がついてるわよ。魔王城の中なんでしょ、悪夢があるのって」

「そもそも悪夢ってなんだ?」

「え、大きな魔法石の結晶じゃないの?」

 俺は焼けた肉の、最後のひとくちを飲み込む。

「石の結晶じゃない。力の根源だ」

 フィノーラは、肉の刺さっていた小枝をくるくると回した。

「それってどういう仕組み? つーか、なんでナバロはそんなこと知ってるの?」

「本で読んだ」

「どんな本よ。そんなの、見たことないわ」

 それには答えない。

呪文を唱える。

あちこちに転がる砂粒ほどの魔法石の欠片が、五つ、六つほど集まってきた。

それを二人に差し出す。

「私、石から直接は無理」

 フィノーラは首を横に振った。

ディータは一粒だけそれをつまむと、口に入れかみ砕く。

「俺は嫌いじゃないけど、効率は悪いよな。美味いもんでもないし。薬剤化されている方が、ずっと飲みやすくて力が溜まる」

 俺は手の平に残ったそれを、全て丸呑みにした。

ほんのりと甘い後味が舌に残る。

フィノーラはため息をついた。

「エルグリムの転生魔法についての、研究書は読んだわ。理屈は分からないわけではなかったけど、あれが本当に出来るとは思えない」

「で、そのエルグリムの力を集めた結晶とやらを他の魔道士が奪って、自分の物に出来るのか?」

「私は破壊しに行くのよ」

 フィノーラは言った。

「私はそんなものが、この世に残されている方がおかしいと思ってるわ」

「だったら大人しく、聖騎士団に任せておけばいいじゃないか。そのために王城を探ってるんだろ?」

「あんな奴らの言うことを、そのまま信じられるの? 見つけ次第、自分たちのものにするつもりよ。そして第二の魔王が誕生する」

「ユファのこと?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。とにかく私は、もう誰かの言いなりになるのは、まっぴらゴメンなのよ。それは中央議会だって同じだわ。そんなヤツらは完全に排除して、好きに生きる。私を支配しようとする連中は、たとえそれが何者であっても、許しはしない。頂点に立とうなんて人間は、この世に必要ないものよ」

「ルールはあっても?」

「私がそのルールよ。排除されない程度に、上手くすり抜けてみせるから」

 ディータはたき火の火を消した。

「なぁ、動物避けの結界くらいなら、張れるか?」

 フィノーラの呪文が、俺たちを包む。

俺たちは毛布にくるまった。

「とにかく、グレティウスはまだまだ遠い。ドラゴンのおかげでナルマナの管轄地からは離れられたから、しばらく追いかけ回されることはないだろう。大人しくしていれば、そう目をつけられることもないだろうしな。明日からはもっと、地味に慎重に行こう。しっかり休んでおかないとな」

「そうね。もうしばらく、魔力は頼れないわね」

「おやすみ」

 フィノーラも背を向けた。

翌日になり、俺たちは夜明けとともに山を下りた。

設定は仲良し魔道士三人組による、旅芸人一座だ。

フィノーラが客寄せをして回り、ディータのギターで俺が歌う。

「やってられるか!」

 稼いだカネは、あっという間に飯代と宿代に消えた。

高価な魔法薬を買うなんて、夢のまた夢だ。

三人で入った大衆食堂で、頼める分だけ頼んだ料理をかき込む。

「だからそんなもん、魔法で石ころでも木の葉でも、コインに変えて誤魔化せばいいだろ! 俺は今までずっと、そうやってやって来たんだ!」

「だからダメだったのよ!」

 ホワイトソースの絡みついた細長いパスタをかき込みながら、フィノーラが怒鳴る。

「だからアンタはカズの村で悪童で通ってたし、ルーベンでもマークされたんだって! 今時魔法で誤魔化したお金なんて、みんな見破るアイテム持ってるんだから!」

「そうかぁ~。ナバロは、カズ村の出身なのかぁ~」

「だけど、こんなやり方じゃ時間がかかって仕方ないだろ!」

「私はこうやって、地道に稼いでここまで来たのよ!」

「あ、二人とも、パンのおかわりもらうかぁ?」

「なんでここで、いつものガサツさを発揮しない!」

「なんですって?」

 俺のお気に入りのサラダボウルを、フィノーラが取り上げた。

フォークを突き刺しそれをむしゃむしゃと咀嚼すると、ゴクリと飲み込む。

ナルマナを出てから、もう三ヶ月近くが過ぎていた。

「そもそもアンタが考えなしで魔力ぶっ放すおかげで、こんな苦労させられてるんですけどね」

 ディータは店に置かれていた新聞を広げた。

「派手な記事になってるなぁ~。 『ナルマナでエルグリムの古城にかけられた封印が解かれる。魔王復活の予兆か?』 だって」

「じゃなきゃ、あそこから抜け出せなかっただろ!」

「そもそも、一番最初に、捕まらなければよかっただけの話しでは?」

 フィノーラの持つ木製ボウルに指をかける。

奪い返そうと引き寄せるも、腕力では敵わない。

「大体、なんであんたの呪文で、エルグリムの亡霊どもが言うこと聞いたのよ」

「俺の呪文構文が、エルグリムと同じだからだよ」

「だから、その誰もが知りたがるその秘密の構文を、どこで知ったのかって聞いてんの」

「その呪術書は、燃やされてしまったんだ」

「本当に?」

「絵本と一緒に。家のかまどで」

 フィノーラからサラダボウルを奪い返す。

これにふりかけられた、魚のチップが美味いんだ。

「エルグリムが本当に生まれ変わっていたら、こんな平和はないだろぉー」

 ディータは読んでいた新聞を閉じ、コーヒーをすする。

「エルグリムの世が続いていたら、仲間になってたんじゃなかったのか?」

「そりゃもちろん、長いものには巻かれるさ」

 ディータは言った。

「だけど、もうそんな時代は終わったからねぇ。エルグリムは死んで、もう戻ってはこない」

「悪は倒されるのよ。誰もそんなもんの復活なんて、望んでないわ」

 フィノーラはテーブルの皿に残っていた、最後の肉の一切れにブスリとフォークを突きたてる。

「そのために私は旅に出たの。悪だろうが善だろうが、もう二度と、中央議会にだって、誰かに支配される世界になんて、絶対にさせない」

 彼女が豪快に肉を喰らったところで、食事は終わった。

「さぁ、出るか」

 俺たちが立ち上がろうとした時、店の中にいた客の一人が声をかけてきた。

「あんたたち、グレティウスを目指してんだろ?」

「あぁ、そうだ。そこで一発、のし上がろうって手はずだ」

 ディータが答える。

「エルグリムの復活に供えて、悪夢を探す聖騎士団の、臨時調査団員募集広告は見たのか?」

 その男は、新聞の求人広告を指さした。

「グレティウスに向かう、特別な駅馬車が出てるってよ」

「それはいつだ?」

「さぁね。停留所はこの大通りの先だ。行ってみろよ。調査団に入るなら、タダで乗せてもらえるはずだ」

 店を出る。

大通りの人混みを前にして、ディータは立ち止まった。

「さて、どうする? 選択肢は二つだ」

「タダよ、タダ。背に腹はかえられないでしょ」

「本気でそこに行くのか? 聖騎士団だぞ」

「当たり前でしょ。見に行くだけは行ってみましょ」

 フィノーラは歩き出す。

「やれやれ。お前の姉ちゃんは元気だな」

 その建物は、すぐに見つかった。

四頭、六頭立ての馬車が何台も交差する、随分賑やかな停車場だ。