「あの姉ぇちゃんも助けてやれ。知り合いなんだろ? 俺が援護する。お前を助けに来てくれたんだ」
行く手には聖騎士団の剣士と魔道士たちが、山ほど待ち構えている。
俺は呪文を唱えた。
『いまこの瞬間に我に向かうものよ、全て地に帰れ』
抜かれた剣や槍は、ピタリと床に張り付いた。
放たれた聖魔道士たちの呪文も、大地に向かって吸い込まれる。
ディータの呪文。
その火球は、団員たちを襲った。
「やめろよ、城が燃える」
「そう簡単には壊れねぇよ」
「違う。俺の城なの」
ロビーに出た。
フィノーラが暴れ倒したのか、あちこちが破壊されている。
彼女の動きを抑えるための結界が張られ、その中でキーガンとイェニーは剣を抜いていた。
キーガンの吸魔の剣は、すでにフィノーラの魔力を吸い尽くしている。
「ナバロ。助けに来たわよ!」
いや。
どっちかっていうとこの場合、俺たちが助けに来たんだけど……。
「ほらやっぱり。私と一緒にいて通行許可証がないと、捕まるんじゃない!」
肩で息をしている。
立っているのもやっとなのだろう。
心なしか涙目のようにも見える。
誰にやられた?
キーガンとイェニーの視線が、俺に向けられる。
「モリーは? もう審査は終わったのか」
キーガンは、フィノーラに向かって構えていた魔剣を下ろした。
「終わったよ。問題なしだ。姉さんと通行許可証を返してもらおう」
イェニーはディータに視線を移す。
彼はウンとうなずいた。
「そうか! ならば何の問題もない」
イェニーはうれしそうに、その紙を差し出す。
フィノーラはそれを受け取った。
ヘナヘナとその場に座り込む。
「……。もう。ホントどこ行ってたのよ。めちゃくちゃ探したんだから……」
白く細い腕で、自分より幼い、十一歳の俺を抱きしめる。
「お願い。私の側から離れないで……」
「まだ動ける?」
「なんとか」
回された彼女の腕を解く。
俺が気に入らないのは、すっかり姿を変えられてしまったこの城と、聖騎士団どもの臭いだ。
チラリと外を確認する。
城内の、半壊した正門と高い壁の向こうに、わずかに空が見えた。
「自分たちの結界の中で、ぬくぬくと守られているだけの連中とは、怠慢極まりないな」
まぁ団長が、全く魔法の使えない剣士だから、仕方ないのか。
俺はその隙間を縫うように垣間見える、わずかな空に向かって手を伸ばす。
「一度、この結界のありがたみを、嫌と言うほど味わってみるといい!」
真っ直ぐに伸びた光りが、結界の壁にぶち当たる。
それは城全体を覆い尽くすしていた結界に沿ってドーム状に広がり、緑に輝いた。
『古の呪いを解きほぐせ! この地に再び自由を!』
ゆっくりと、だが確実に、結界の強度が弱まっていく。
溶けるように消えていく光に、体が軽くなった。
大地が揺れる。
その轟に、俺はもう一度叫んだ。
『我らが根城を取り戻せ!』
幾重にもわたってかけられた、古い古い魔法。
その結界が、徐々に溶け始める。
魔道士たちは血相を変え、結界を維持する呪文を唱え始めた。
「そうはさせるか!」
一気に魔道士どもをなぎ払う。
吹き荒れた一陣の風は、玄関ホールごと全てを吹き飛ばした。
「ナバロ!」
「魔力が少し戻ってきたわ!」
ディータとフィノーラが駆け寄る。
「ここから出るぞ」
「了解!」
フィノーラの攻撃魔法。
その衝撃波はザコどもをなぎ倒し、次々と壁に穴を空ける。
ディータはカードを取り出した。
「やっぱり派手な姉ぇちゃんだなぁ」
「フィノーラ! あんまり城は壊さないで!」
「どうしてよ。そんなの無理!」
歯向かう魔道士たちの呪文は、全て俺のマジックバリアではね返す。
風を起こし、足元をなぎ払い、決して結界修復の呪文は唱えさせない。
かかってくる剣士たちの相手は、ディータが引き受けた。
飛び出した無数の獣や虫たちを操り、応戦している。
不意に、目の前を黒染め剣が横切った。
「なるほど。確かにお前たちの腕は確かなようだ」
キーガンだ。
俺の五倍はある巨体を見上げる。
「だけどな、少年。いくら正式な書類があっても、俺たちがここを通さないと決めたら、それは通れないんだよ」
振り下ろされた吸魔の剣が、マジックバリアをたたき割る。
「残念だが、俺たち剣士は結界がなくても、動けるんだ。そんなもんに守られてなくても、能力は変わらないんでね」
爆発音。
フィノーラの全くコントロールの効かない衝撃波が、天上に当たって破裂した。
崩れた石の破片が、バラバラと降りかかる。
「やれやれ。あのお嬢ちゃんも、元気を取り戻したのか」
四角く表情の少ない顔が、うんざりと眉根を寄せた。
真っ青な団服に身を包んだイェニーは、その剣を抜く。
「キーガン。あの子とこの子と、どっちがいい?」
「じゃあ、黒髪の元気な嬢ちゃんとディータで。子供の相手はやりにくい」
「怪我はさせるなよ」
「……。善処します」
吹き上がる爆風で、イェニーの赤く波打つ長い髪が舞い上がる。
「さて。モリーはどうした。君の審査をしていたはずだけど?」
呪文を唱える。
この剣士に魔法は通じない。
「モリーは強いね。頭がいいし、勘もいい。彼女の魔力は、どこから来てる?」
「私に聞かないでくれ。分かるわけがない」
手の平で空気の渦を作る。
それは丸い弾となり、弾け飛んだ。
無数の弾丸が、イェニーに向かう。
「君も魔道士なら、やはりエルグリムの悪夢を?」
「そうだ」
動きが速い。
俺の意のままに動くそれをすり抜け、さらに剣で切り裂く。
十二個あったその球を、もう二つも切り裂いた。
「聖騎士団に入ればいい。ルーベンの領主に、そう誘われたんじゃないのか?」
「お前らのことは嫌いだ」
「どうして?」
振り下ろされる剣に、さっと飛び退く。
この女、まともに俺と戦う気がない。
振り回す切っ先は、俺が避けようと避けまいと、鼻先をかすめるか、肌に当てる程度のものだ。
「どうして俺の力を認めようとしない。なぜ人の話を聞かない」
「それをモリーは、聞こうとしていたんじゃないのか?」
「あれは拷問だ」
爆発音。
フィノーラの誤爆だ。
それをキーガンは楽々と避ける。
だけどあっちはディータの居る分、彼らの本気度は高い。
衝撃で正門が半壊している。
外が丸見えだ。
「あぁ、あまり城を壊さないでほしいな。外に出よう」
そう言ったイェニーの手が、俺の襟を背後から掴んだ。
「なっ、いつの間に!」
その声に、フィノーラとディータが振り返る。
「ナバロ!」
「イェニー! その手を放せ!」
彼女は腕一本の力だけで、俺を投げ飛ばした。
呪文を唱えようにも間に合わない。
そのまま野外に叩きつけられる。
「まぁ気が済むまでやればいいさ。子供には時には、そんなことも必要だ」
イェニーの鋭利な剣先が振り下ろされる。
俺はゴロリと横に転がった。
「はは。上手いじゃないか」
溶け出していた結界が、再び盛り返している。
モリーとここの魔道士たちの仕業だ。
俺は起き上がると、塞がれる寸前の空に向かって手を伸ばした。
『力よ、我の元へ集え!』
稲妻が走る。
それは呼び寄せた魔力の塊だ。
この未熟な体に収まりきらない力を、ここに集結させる。
俺はその全てを、この城の地下に向かって叩き込んだ。
『大地を揺るがせ。もう二度と、何者にも囚われるな!』
「ナバロ、何をした!」
城と、その敷地である全ての輪郭が白く浮き上がる。
膨れ上がったその光りは、一度吸収されたかと思うと、すぐに炸裂した。
「なんだ! これは?」
無数の、本当に無数の光りが、足元の大地から湧き上がる。
白く透けるその儚い影は、魂の欠片だ。
人骨にドラゴン、牙を生やした猛獣たち。
怪鳥は羽ばたき、二つ首の犬の群れが駆け抜ける。
この地下に埋められ、封印されたモンスターたちの屍が、その呪縛から解き放たれ、天に還ってゆく。
声にならない雄叫びが、辺り一帯に響き渡った。
「イ……、イェニー。団城の封印が……解かれてしまったわ……」
モリーだ。
それを守ろうと力を使い果たし、足元がふらついている。
「モリー!」
崩れ落ちる彼女を、イェニーは抱き留めた。
「復活するわ。何もかもよ。解かれた封印は、私にはすぐに戻せない。死者の魂を留め続けた、古の呪文が……」
灰色の魔女は、ガクリと片膝をつく。
それを見届けた俺も、次第に朦朧としてくる。
「ナバロ!」
力を使い果たし、倒れた俺を支えたのは、フィノーラだった。
「だから、アンタは無茶しすぎ!」
俺はうっすらと目を開ける。
未だ大地から上り行く、無数の魂の影を見る。
それは絶え間なく地下から湧き上がり、空へと消えて行く。
あぁ、これはみんな、ここで死んだものたちだ。
この地に埋められ閉じ込められたたまま、ずっと眠っていたんだ。
かつて俺と共に戦い、敗れ去った仲間たち……。
ずっとここで、解放される時を待っていたんだ……。
ディータはフィノーラにささやく。
「おい、ナバロを抱いて走れるか?」
「走れなくても、走るわよ」
「よし。ここを出るぞ。街を出る街道まで行こう」
力を使い果たし、動けなくなった俺をフィノーラは抱き上げた。
「こっちだ」
瓦礫の山を越え、駆け出そうとする俺たちの前に、キーガンが立ち塞がった。
「おっと。そう簡単には行かせられないな」
吸魔の剣を鞘に収めたまま、真横に振る。
ディータの肘が、それを受け止めた。
カードの一枚を、キーガンの足元に滑り込ませる。
『伸びた蔓よ、剣士の足をつなぎ止めろ』
次の瞬間、赤黒く伸びる魔法の蔓が、キーガンに絡みつく。
「お前の手品も、ちゃんと動くようになったのか? ならもう遠慮はいらないな」
キーガンは剣を抜いた。
黒い剣を足元に突き立てると、それは瞬く間に姿を消した。
カードが二つに割れている。
キーガンはその剣を構え直した。
「さぁ、これ以上、手間をかけさせるな。一体これで何度目だ? 大人しく捕まっていた方が早く解放されるってのが、まだ分からないか」
素早いその一振りに、ディータは飛び退く。
フィノーラは俺を抱いたまま、パッと走り出した。
イェニーはそれに併走する。
「どこへ行こうというのだ? そんなに急がずとも、普通に歩いて行けばいいのに。通行許可証も返しただろう?」
すぐにキーガンが立ち塞がる。
「だめですよ団長。この子は普通じゃない」
「普通じゃないと、何が駄目なんだ?」
「中央議会から通達があったでしょ、エルグリムが復活してるって」
「それがこの子だと言うのか? 本当に? そんな風には見えないけどな」
フィノーラの腕に抱かれ、動けない俺をのぞき込み、彼女はニヤリと笑った。
フィノーラは周囲を見渡す。
俺は残った力を総動員し、この城の魔道士たちが再び強固な結界を張ろうとするのを、阻止し続けている。
「モリーが苦戦するなんて、ただ者じゃないですよ」
「そうか。朝の二度寝の時間が来たのかと思った」
「だったらいいんですけどね」
ディータは腰の短剣を抜いた。
それをキーガンに叩きつける。
刃と刃が重なりあった。
「おっと。お前が剣を抜くなんて珍しいな」
「素直に通してくれんなら、こんな苦労もいらねぇんだけどな」
慌てたイェニーが、割って入る。
「ディータ! どこに行くんだ? やっぱりグレティウスなのか?」
「そうだよ!」
「いつ戻ってくる?」
「もう戻らねぇ!」
ディータの剣は、キーガンの魔剣を弾いた。
「今度こそ本当にお別れだ。イェニー。俺はもう、ここには帰らない」
イェニーの動きが、ピタリと止まる。
燃えるような赤髪の、その前髪が揺れた。
行く手には聖騎士団の剣士と魔道士たちが、山ほど待ち構えている。
俺は呪文を唱えた。
『いまこの瞬間に我に向かうものよ、全て地に帰れ』
抜かれた剣や槍は、ピタリと床に張り付いた。
放たれた聖魔道士たちの呪文も、大地に向かって吸い込まれる。
ディータの呪文。
その火球は、団員たちを襲った。
「やめろよ、城が燃える」
「そう簡単には壊れねぇよ」
「違う。俺の城なの」
ロビーに出た。
フィノーラが暴れ倒したのか、あちこちが破壊されている。
彼女の動きを抑えるための結界が張られ、その中でキーガンとイェニーは剣を抜いていた。
キーガンの吸魔の剣は、すでにフィノーラの魔力を吸い尽くしている。
「ナバロ。助けに来たわよ!」
いや。
どっちかっていうとこの場合、俺たちが助けに来たんだけど……。
「ほらやっぱり。私と一緒にいて通行許可証がないと、捕まるんじゃない!」
肩で息をしている。
立っているのもやっとなのだろう。
心なしか涙目のようにも見える。
誰にやられた?
キーガンとイェニーの視線が、俺に向けられる。
「モリーは? もう審査は終わったのか」
キーガンは、フィノーラに向かって構えていた魔剣を下ろした。
「終わったよ。問題なしだ。姉さんと通行許可証を返してもらおう」
イェニーはディータに視線を移す。
彼はウンとうなずいた。
「そうか! ならば何の問題もない」
イェニーはうれしそうに、その紙を差し出す。
フィノーラはそれを受け取った。
ヘナヘナとその場に座り込む。
「……。もう。ホントどこ行ってたのよ。めちゃくちゃ探したんだから……」
白く細い腕で、自分より幼い、十一歳の俺を抱きしめる。
「お願い。私の側から離れないで……」
「まだ動ける?」
「なんとか」
回された彼女の腕を解く。
俺が気に入らないのは、すっかり姿を変えられてしまったこの城と、聖騎士団どもの臭いだ。
チラリと外を確認する。
城内の、半壊した正門と高い壁の向こうに、わずかに空が見えた。
「自分たちの結界の中で、ぬくぬくと守られているだけの連中とは、怠慢極まりないな」
まぁ団長が、全く魔法の使えない剣士だから、仕方ないのか。
俺はその隙間を縫うように垣間見える、わずかな空に向かって手を伸ばす。
「一度、この結界のありがたみを、嫌と言うほど味わってみるといい!」
真っ直ぐに伸びた光りが、結界の壁にぶち当たる。
それは城全体を覆い尽くすしていた結界に沿ってドーム状に広がり、緑に輝いた。
『古の呪いを解きほぐせ! この地に再び自由を!』
ゆっくりと、だが確実に、結界の強度が弱まっていく。
溶けるように消えていく光に、体が軽くなった。
大地が揺れる。
その轟に、俺はもう一度叫んだ。
『我らが根城を取り戻せ!』
幾重にもわたってかけられた、古い古い魔法。
その結界が、徐々に溶け始める。
魔道士たちは血相を変え、結界を維持する呪文を唱え始めた。
「そうはさせるか!」
一気に魔道士どもをなぎ払う。
吹き荒れた一陣の風は、玄関ホールごと全てを吹き飛ばした。
「ナバロ!」
「魔力が少し戻ってきたわ!」
ディータとフィノーラが駆け寄る。
「ここから出るぞ」
「了解!」
フィノーラの攻撃魔法。
その衝撃波はザコどもをなぎ倒し、次々と壁に穴を空ける。
ディータはカードを取り出した。
「やっぱり派手な姉ぇちゃんだなぁ」
「フィノーラ! あんまり城は壊さないで!」
「どうしてよ。そんなの無理!」
歯向かう魔道士たちの呪文は、全て俺のマジックバリアではね返す。
風を起こし、足元をなぎ払い、決して結界修復の呪文は唱えさせない。
かかってくる剣士たちの相手は、ディータが引き受けた。
飛び出した無数の獣や虫たちを操り、応戦している。
不意に、目の前を黒染め剣が横切った。
「なるほど。確かにお前たちの腕は確かなようだ」
キーガンだ。
俺の五倍はある巨体を見上げる。
「だけどな、少年。いくら正式な書類があっても、俺たちがここを通さないと決めたら、それは通れないんだよ」
振り下ろされた吸魔の剣が、マジックバリアをたたき割る。
「残念だが、俺たち剣士は結界がなくても、動けるんだ。そんなもんに守られてなくても、能力は変わらないんでね」
爆発音。
フィノーラの全くコントロールの効かない衝撃波が、天上に当たって破裂した。
崩れた石の破片が、バラバラと降りかかる。
「やれやれ。あのお嬢ちゃんも、元気を取り戻したのか」
四角く表情の少ない顔が、うんざりと眉根を寄せた。
真っ青な団服に身を包んだイェニーは、その剣を抜く。
「キーガン。あの子とこの子と、どっちがいい?」
「じゃあ、黒髪の元気な嬢ちゃんとディータで。子供の相手はやりにくい」
「怪我はさせるなよ」
「……。善処します」
吹き上がる爆風で、イェニーの赤く波打つ長い髪が舞い上がる。
「さて。モリーはどうした。君の審査をしていたはずだけど?」
呪文を唱える。
この剣士に魔法は通じない。
「モリーは強いね。頭がいいし、勘もいい。彼女の魔力は、どこから来てる?」
「私に聞かないでくれ。分かるわけがない」
手の平で空気の渦を作る。
それは丸い弾となり、弾け飛んだ。
無数の弾丸が、イェニーに向かう。
「君も魔道士なら、やはりエルグリムの悪夢を?」
「そうだ」
動きが速い。
俺の意のままに動くそれをすり抜け、さらに剣で切り裂く。
十二個あったその球を、もう二つも切り裂いた。
「聖騎士団に入ればいい。ルーベンの領主に、そう誘われたんじゃないのか?」
「お前らのことは嫌いだ」
「どうして?」
振り下ろされる剣に、さっと飛び退く。
この女、まともに俺と戦う気がない。
振り回す切っ先は、俺が避けようと避けまいと、鼻先をかすめるか、肌に当てる程度のものだ。
「どうして俺の力を認めようとしない。なぜ人の話を聞かない」
「それをモリーは、聞こうとしていたんじゃないのか?」
「あれは拷問だ」
爆発音。
フィノーラの誤爆だ。
それをキーガンは楽々と避ける。
だけどあっちはディータの居る分、彼らの本気度は高い。
衝撃で正門が半壊している。
外が丸見えだ。
「あぁ、あまり城を壊さないでほしいな。外に出よう」
そう言ったイェニーの手が、俺の襟を背後から掴んだ。
「なっ、いつの間に!」
その声に、フィノーラとディータが振り返る。
「ナバロ!」
「イェニー! その手を放せ!」
彼女は腕一本の力だけで、俺を投げ飛ばした。
呪文を唱えようにも間に合わない。
そのまま野外に叩きつけられる。
「まぁ気が済むまでやればいいさ。子供には時には、そんなことも必要だ」
イェニーの鋭利な剣先が振り下ろされる。
俺はゴロリと横に転がった。
「はは。上手いじゃないか」
溶け出していた結界が、再び盛り返している。
モリーとここの魔道士たちの仕業だ。
俺は起き上がると、塞がれる寸前の空に向かって手を伸ばした。
『力よ、我の元へ集え!』
稲妻が走る。
それは呼び寄せた魔力の塊だ。
この未熟な体に収まりきらない力を、ここに集結させる。
俺はその全てを、この城の地下に向かって叩き込んだ。
『大地を揺るがせ。もう二度と、何者にも囚われるな!』
「ナバロ、何をした!」
城と、その敷地である全ての輪郭が白く浮き上がる。
膨れ上がったその光りは、一度吸収されたかと思うと、すぐに炸裂した。
「なんだ! これは?」
無数の、本当に無数の光りが、足元の大地から湧き上がる。
白く透けるその儚い影は、魂の欠片だ。
人骨にドラゴン、牙を生やした猛獣たち。
怪鳥は羽ばたき、二つ首の犬の群れが駆け抜ける。
この地下に埋められ、封印されたモンスターたちの屍が、その呪縛から解き放たれ、天に還ってゆく。
声にならない雄叫びが、辺り一帯に響き渡った。
「イ……、イェニー。団城の封印が……解かれてしまったわ……」
モリーだ。
それを守ろうと力を使い果たし、足元がふらついている。
「モリー!」
崩れ落ちる彼女を、イェニーは抱き留めた。
「復活するわ。何もかもよ。解かれた封印は、私にはすぐに戻せない。死者の魂を留め続けた、古の呪文が……」
灰色の魔女は、ガクリと片膝をつく。
それを見届けた俺も、次第に朦朧としてくる。
「ナバロ!」
力を使い果たし、倒れた俺を支えたのは、フィノーラだった。
「だから、アンタは無茶しすぎ!」
俺はうっすらと目を開ける。
未だ大地から上り行く、無数の魂の影を見る。
それは絶え間なく地下から湧き上がり、空へと消えて行く。
あぁ、これはみんな、ここで死んだものたちだ。
この地に埋められ閉じ込められたたまま、ずっと眠っていたんだ。
かつて俺と共に戦い、敗れ去った仲間たち……。
ずっとここで、解放される時を待っていたんだ……。
ディータはフィノーラにささやく。
「おい、ナバロを抱いて走れるか?」
「走れなくても、走るわよ」
「よし。ここを出るぞ。街を出る街道まで行こう」
力を使い果たし、動けなくなった俺をフィノーラは抱き上げた。
「こっちだ」
瓦礫の山を越え、駆け出そうとする俺たちの前に、キーガンが立ち塞がった。
「おっと。そう簡単には行かせられないな」
吸魔の剣を鞘に収めたまま、真横に振る。
ディータの肘が、それを受け止めた。
カードの一枚を、キーガンの足元に滑り込ませる。
『伸びた蔓よ、剣士の足をつなぎ止めろ』
次の瞬間、赤黒く伸びる魔法の蔓が、キーガンに絡みつく。
「お前の手品も、ちゃんと動くようになったのか? ならもう遠慮はいらないな」
キーガンは剣を抜いた。
黒い剣を足元に突き立てると、それは瞬く間に姿を消した。
カードが二つに割れている。
キーガンはその剣を構え直した。
「さぁ、これ以上、手間をかけさせるな。一体これで何度目だ? 大人しく捕まっていた方が早く解放されるってのが、まだ分からないか」
素早いその一振りに、ディータは飛び退く。
フィノーラは俺を抱いたまま、パッと走り出した。
イェニーはそれに併走する。
「どこへ行こうというのだ? そんなに急がずとも、普通に歩いて行けばいいのに。通行許可証も返しただろう?」
すぐにキーガンが立ち塞がる。
「だめですよ団長。この子は普通じゃない」
「普通じゃないと、何が駄目なんだ?」
「中央議会から通達があったでしょ、エルグリムが復活してるって」
「それがこの子だと言うのか? 本当に? そんな風には見えないけどな」
フィノーラの腕に抱かれ、動けない俺をのぞき込み、彼女はニヤリと笑った。
フィノーラは周囲を見渡す。
俺は残った力を総動員し、この城の魔道士たちが再び強固な結界を張ろうとするのを、阻止し続けている。
「モリーが苦戦するなんて、ただ者じゃないですよ」
「そうか。朝の二度寝の時間が来たのかと思った」
「だったらいいんですけどね」
ディータは腰の短剣を抜いた。
それをキーガンに叩きつける。
刃と刃が重なりあった。
「おっと。お前が剣を抜くなんて珍しいな」
「素直に通してくれんなら、こんな苦労もいらねぇんだけどな」
慌てたイェニーが、割って入る。
「ディータ! どこに行くんだ? やっぱりグレティウスなのか?」
「そうだよ!」
「いつ戻ってくる?」
「もう戻らねぇ!」
ディータの剣は、キーガンの魔剣を弾いた。
「今度こそ本当にお別れだ。イェニー。俺はもう、ここには帰らない」
イェニーの動きが、ピタリと止まる。
燃えるような赤髪の、その前髪が揺れた。