「辛いわよね。分かるわ。さっきあれだけの魔力を解放したんですもの、立ってもいられないのでしょう? タイミング良すぎて助かるわー。おかげで私の手間が省けたし、あなたに酷いことをしなくてすむ。悪いけどここにいる間は、ずっとその状態でいてね」

 魔力を補給するには、原則として魔法石を摂取しなければいけない。

その力を魔力に変えて体に馴染ませ、蓄積する能力のある者だけが魔法使いになれる。

それでもなお、より多くの力を望むのなら、自らの体以上にその力を保有する『入れ物』を作るか、他から奪えばいい。

「一度貯め込んだ魔力はその人自身のもの。それを使って解放しない限りは、そこにとどまり続ける。その流れを止めたわ。枯渇寸前だもの、コップの上に蓋をするようなものね。喉が渇いても水は飲めない。つまり、あなたの魔力は今のまま、回復しないってことね」

 魔道士モリーはにっこりと微笑む。

「大丈夫よ。止められはしても、なくなりはしないわ。魔力ってね、なくても案外、人って生きていけるものらしいわよ。私はやったことないから、知らないけど」

「これだから魔道士は嫌われるんだ」

 キーガンはベッドに近寄ると、俺の腕を持ち上げた。

その手を放した瞬間、バタリと棒切れのようにマットへ落ちる。

「気力も体力もつかない子供に、本当にあんな力があるものなのか?」

「魔道士を甘く見ちゃダメよ、キーガン。あれはとても恐ろしい予兆なの。あなたたち剣士には、分からないでしょうけど」

 そう言うとモリーは、くるりと背を向けた。

「さぁ、もう戻りましょ。時間外労働なんて、無能な人間のすることだわ」

 俺はベッドの上で、何とか寝返りをうつ。

モリーのかけた呪文は、声まで塞いでいた。

「そ……、そうだ……。ふざけるのも……大概にしろ」

「まだしゃべれるの?」

 かすれた声で呪文を唱える。

モリーのかけた呪いは解けた。

ふわりと体が軽くなる。

とどまっていた魔法石の力が、体を巡り始める。

「封魔の術が聞いて呆れる。これだから聖騎士団所属の魔道士なんて……」

 ドンッと、体に重みが増す。

俺は再び、マットに叩きつけられた。

「か……、な……」

「やれやれ」

 ディータがため息をつく。

「ここの魔法はな、魔力をそのまま返すタイプの封魔術なんだよ。強い魔法を使おうと思えば使うほど、圧力も強くなるってわけ」

「ゴメンね、坊や。ディータは置いてってあげるから、大人しくしていなさいね。それなら寂しくないでしょ」

 久しぶりだ。

この感覚。

この鼻をつくムカムカとした臭いは、あのユファとスアレスに、その腐臭が近いせいだ。

『力よ、動け!』

 衝撃魔法。

ドンと空気が震える。

この地下に流れる魔力の向きを変え、それを操る。

『ここに留まる全ての力よ、元の主の元へ帰れ!』

 とたんに空気は、重く熱く熱を持ち始める。

抗いあう魔力と魔力が、せめぎ合う熱だ。

「俺自身の魔力じゃないのなら、それも可能なはずだ!」

「他人の魔法を、魔力で動かすですって?」

 再び呪文を唱える。

ここに仕掛けられた魔法が、ゆっくりと、だが確実に動き始めている。

キーガンが吸魔の剣を抜いた。

古い魔法の残りだ。

どこからか飛んで来た、見えない刃が空を斬る。

キーガンの剣はそれを弾いた。

「ちょっと! ここは狭いんだから、暴れないでよ」

 モリーの呪文。

再び抑えつけられるその強い重みに、俺はガクリと両手をついた。

これ以上は無理だ。

完全に動けなくなった俺の赤い髪を、モリーが掴む。

その親指の腹で、優しく目元を撫でた。

「今が勤務時間外でよかったわね。そうじゃなきゃ、キミは死んでたかも」

「お前が強がっていられるのは、この城の中だけだ。外に出れば、その能力の、半分も出せないだろう?」

「うふふ。確かにそうかもね。なら城外に出て試してみる? ……な~んて、言うと思ったのかしら」

 モリーの呪文。

その言葉に、俺の全身の体液は逆流した。

「うっ……」

 意識が飛ぶ。

一瞬、目の前が真っ黒になり、戻った時には鼻血が吹き出した。

棒きれのように、ベッドにバタリと倒れる。

「モリー、やり過ぎだ」

 キーガンが動いた。

その拳は、ディータの腹をドンと殴りつける。

抵抗出来ない彼にさらに肘打ちを加え、地面に叩き落とした。

「お前はこの城の特殊性をよく分かっているだろ。この子にもそれを、ちゃんと教えといてやれ」

 ディータの動きも鈍い。

ここでは結界の魔法が、見えない手かせ足かせとなって囚人の動きを封じている。

「今日はもう遅い。しっかり休んでおけ。そうじゃないと、明日から地獄を見るぞ」

 三人はようやく牢を出て行く。

ふいにイェニーが振り返った。

赤らんだ頬で、はにかみながらディータを見つめている。

彼女はもじもじと、小さな声でつぶやいた。

「ほ、他になにか、用事はないか?」

「は?」

「な、何かあったら、いつでも私を……、その、頼ってもらってもかまわない」

「俺には、お前の顔を見られただけで十分だよ」

「そ、そうか」

 イェニーは顔を真っ赤にして、そのままモジモジとしている。

「もう行くわよ、イェニー。しつこい女は、ディータは嫌いだってよ」

「イェニー団長。しっかりしてください」

 モリーとキーガンは、それでも動こうとしない彼女を連れ、ようやく出て行った。

ブツブツと抗議を続ける彼女の声が、地下牢に響いている。

ディータはやれやれと首を横に振った。

彼らの気配が完全に消えるのを待って、俺はゆっくりと体を動かす。

起き上がろうにも、体がいうことを聞かない。

重厚な鎧を全身にかぶせられているようで、何をするにも体が重い。

「魔法を使おうとするな。自分の体が持つ、本来の筋力だけで動くんだ。そうすれば、普通に動ける」

 ディータに言われ、俺は少し頭で考える。

誰にもその正体がばれないよう、ずっと姿を隠す魔法を自分自身にかけていた。

魔道士ならだれでも、自分の体に何らかの魔法はかけている。

これを解いていいものなのか? 

ゆっくりと腕を曲げ、膝を動かし、腰を落とす。ようやく起き上がれた。

「魔力に似合わず、その体だけは本物なんだな」

 その問いにだけは、答えない。

「その体が本物じゃなきゃ、誰も疑いやしないさ」

「ずいぶんと彼らと、仲が良さげじゃないか」

「腐れ縁だよ。しかも聖騎士団だぜ? 反吐が出る」

「仲間になれば、もっとラクに生きれるだろ」

 ディータからの返事はない。

じっと自分の手を見る。

何の魔法もかかっていない、自分自身の手だ。

見慣れているはずのその手が、いま初めて見るもののような気がした。

「しかし、この結界のかけ方は異常だな」

「まぁな。聖騎士団の団城なんだ。こんなもんだろ」

 ようやくディータと二人きりになった。

まぁ、見えない所に見張りはいるんだけど。

ディータはソファにドカリと腰を下ろす。

俺はベッドから立ち上がった。

「ふぅ。大丈夫か?」

「なんとか」

 俺は、自分で自分の体を確かめている。

大きく息を吐き出し、そのまま目を閉じた。

「まぁ今日はゆっくり休め。ある意味ここは、世界で一番安全な場所だ。腹が減ってるなら、何か運んでもらうか?」

「いや、それは大丈夫」

 改めて、ゆっくりと辺りを見渡す。

いつも何らかの魔法を自分にかけていたから、体一つで動くなんて、滅多にないことだった。

足の感触を確かめながら、一歩一歩を慎重に踏み出す。

魔力による灯りが消され、すっかり薄暗くなってしまった、地面に穴を掘っただけの天上を見上げる。

ふと自分の足元をじっと見つめた。

二本の足が、真っ直ぐに伸びている。

「どうした。そんなに自分の体が不思議か?」

「慣れないんだ。自分のものなのに、そうじゃない気がして」

「お前は魔力と体のバランスがおかしいからな。間違っているとも言っていい」

 ディータはソファに寝転がると、ゆっくりと俺の全身を観察している。

「どこでそんな呪文を覚えた」

「……。覚えたんじゃない、自分で考えたんだ」

 そんなこと言っても、この十一歳の見た目では誰も信じない。

エルグリムの時から、もう何百回何千回も繰り返し、聞き飽きた言葉だ。

「秘密の魔道書を拾ったわけでも、大魔道士の魂に触れたわけでもない。俺自身が、元からこういう奴だったってだけだ」

 いつだって俺は、俺でありたかっただけなのに……。

「もしかしたら、もっと違うやり方があったのかもしれないな」

 この薄暗い地下室は、押し込められていたあの牛小屋を思い出す。

今の方がずっと広く快適で居心地のいいのが、どうしようもなく不思議なくらいだ。

「ディータはなんで魔道士に?」

「俺? 俺は……。そうだな。俺がまだお前ぐらいだった頃は、大魔王エルグリムが幅を利かせてたんだ」

 ディータはごろりと仰向けになると、目を閉じた。

「そりゃあ強かったぜ。誰も逆らえやしなかった。恐ろしかったし怖かった。今じゃ信じられないだろうけど、普通に魔物が空を飛び、路上で人を襲っていたんだ。それでもな、俺は……。俺は、嫌いじゃなかったんだよ。魔物もモンスターもね。賢くやる人間ってのは、どんな時代でもいるもんさ。それなりにたくましく生きてたんだ。ナルマナに来る前は……。まぁいいや。そんなこと」

 彼は肩肘をつくと、そこに頭を乗せた。

「魔道士の王様がこの世を治めているのなら、魔道士になりたいと思うだろ? いつか沢山のモンスターたちを従えた、カッコいい魔道士になるんだって、そう思ってただけだ。なにをバカなことをって、いつも賢い大人には怒られていたけどな」

「エルグリムは嫌われ者だったから」

「それで、聖剣士に殺されちまったしな」

 俺はベッドに寝転がった。

闇に慣れた目に、ぼんやりとディータの靴裏だけが見える。

「なんで俺について来た?」

 その柔らかな闇の中で、彼はフッと鼻で笑う。

「聞きたいか? おっさんの戯れ言を」

 俺はゴソゴソとベッドに潜り込む。

「今聞かないと、もう聞くことはないと思う」

 彼の深いため息が、闇夜に響いた。

「そっか。まぁそれもそうだよな。……。俺は……、もう死のうかと思ってたんだ。こんな意味のない人生を送るなら。占い師が自分の未来を占うって、どういうことだか分かるだろ?」

「……。自分の死期をみること」

「そう。そうなんだ。俺は突然、自分の死ぬところが見たくなったんだ。お前と出会ったあの近くの橋の上でさ。ちょうどあの時、俺はそこで自分の最期を占ったんだ」

 ディータは、自分のカードで自分を占った。

このまま川に飛び込んで死ぬと出たら、本当にそのままそこで、死ぬつもりだった。

「そしたらさ、裏路地へ行けって出たんだ。すぐに分かったよ。その瞬間、強い魔法の気配を感じたからな。俺はそこに、運命の女神でも待ち構えているのかと思って、行ってみることにしたんだ」

 あのごちゃごちゃとした汚い路地裏で、俺たちは出会った。

「すんげー期待して行ったのにさ、居たのはお前みたいなクソガキで、がっかりだよ」

 そう言って、ディータはクスクスと笑う。

彼はもう一度寝返りをうつと、今度は背を向けた。

「それだけのことだ。何度も言ってんだろ。ただの暇潰しだって」

「死ぬつもりだったのか」

「あぁ、もういいだろ。寝言みたいなもんだ。さっさと寝ろ。明日はここを抜け出すぞ」

「……。どうやって?」

「それを考えながら寝るんだよ。難しいこと考えてたら、すぐに寝られるだろ」

 ディータの上着の内ポケットには、自分の魔力を封じ込めたカードが入っていることを、俺は知っている。

ディータの魔力はそれに分離して保管しているから、発動させなければここでも影響はないんだ。

「何もしないというのも、作戦の一つってこと?」

「当然だ」

 だけど、あの連中との仲の良さなら、彼らも知ってはいるのだろう。

それでもカードは没収しないのか、していないのか……。

「おい、寒くねぇか?」

「うん。大丈夫。ディータのとこのベッドより、ずっといい」

 ここは温かい。

誰かの魔法に包まれて眠るのも、悪いことではないのかもしれない。

見張られているんじゃなくて、見守られているんだ。

そんなことを、俺は生まれて初めて思っている。

それに何だかここは、懐かしい臭いがする。

昔訪れたことのある、よく知った城だからなのかもしれない……。