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 009_女公爵イリア
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 ガルバー公イリア、騎士イーサン、執事、そしてメイド。
 イリアの執務室に集まり、報告がされた。

「黒髪黒目、肌も黄みがかっている。ダンジは異世界から召喚された勇者か?」
 この世界に召喚される勇者は、なぜか黒髪黒目の日本人ばかりである。ただし、今回の三勇者のように髪を赤、青、金に染めている者も居る。数カ月すれば全員黒髪に戻るだろう。
「はい、お嬢様。ダンジ様は勇者にございます」
 ダンジを案内していた執事が答える。白髪だが背筋に棒でも入っているかのような立ち姿だ。

「爺や、ダンジはどんな勇者なのだ?」
 イリアに爺やと呼ばれた執事の名前はビンセント。レアスキル【人物鑑定】を持っている希少な人材だ。
「【弾丸の勇者】にございます。お嬢様」
「【弾丸の勇者】? 弾丸とはなんだ? どういったものなのだ?」
「申しわけございません。ダンジ様が【弾丸の勇者】というのは見えましたが、それ以外の情報は見えませんでした」
「ほう……。つまり、ダンジのレベルは四〇以上ということだな」
「おそらくは、五〇程度かと。それ以上になりますと、クラスも見えないでしょうから」
 ビンセントのレベルは四〇。このレベルはこの世界の人としては、かなり高い。

「ミッシェル。ダンジの持ち物は?」
 青髪のメイドはミッシェルという名で、本当の姿は諜報部員である。
「汚れた衣服以外は、何もございませんでした」
「何も持たず、旅をしていたのか?」
「おそらくは、収納系のスキルを持っているものと思われます」
「収納系のスキルか、珍しいな。過去の勇者が持っていたという記録はなかったはずだ」
「それと、ダンジ様は左肩から腹部にかけて一筋の傷痕がありました。ついて間もないものです」
「一筋の傷痕というと、剣か」
「そう見えました。ただ、傷口は焼かれた痕がありましたので、回復系のスキルは持っていないと思われます」
 イリアは顎に手を当てて考えた。

「傷口を焼いて止血したのだな。私には出来ぬ芸当だ。イーサンは傷口を焼いて止血出来るか?」
「したくはありませんね。できることなら、切られたくもありません」
「そんなことで騎士は務まらぬぞ、イーサン」
「僕は荒事ではなく、姉上の補佐をするのが仕事ですから」
 イーサンはイリアの異母弟である。母が平民であり父が認知していないため、家督を継承することはできない。それでも幼い時からイリアに可愛がってもらい、騎士になると言った時もイリアが助力している。
 イーサンが公爵家の者なのは公然の秘密であり、今のイーサンはイリアの護衛部隊の部隊長の座に就いている。

「いざという時に、私を護らぬ騎士では困るぞ」
「いざという時は、身を挺して姉上をお護りしますよ」
 イリア二二歳、イーサン二〇歳、二人は公私に渡って仲の良い姉弟である。

「さて、ゴルディア国が勇者召喚したばかりだが、ダンジはその勇者なのか?」
「時期的には合います。今回は三勇者以外に、巻き込まれた者が居たと聞きます」
 四代に渡って公爵家に仕えているビンセントが答えた。

「黒髪黒目でなければ、勇者とは思わなかった。なぜゴルディア国は勇者を放逐した? まさかダンジが勝手に出て来たわけではあるまい」
「今回の巻き込まれた者の行方が分からなくなっています。おそらくダンジ様は巻き込まれた者なのでしょう」
 ビンセントは公爵家の暗部の元締めだ。情報は全てビンセントを通してイリアに入っている。

「それはおかしいではないか、巻き込まれた者は勇者ではなかった報告を聞いたぞ」
「そう報告が上がって来ておりますが、何かの手違いで勇者ではないと判断されたのではないでしょうか」
 かなり優秀な諜報部員を抱えている公爵家だが、その優秀な諜報部員でもサマンサがダンジのクラス確認を怠ったことまでは調べきれなかった。

「ダンジが巻き込まれた者であろうとなかろうと、【弾丸の勇者】なのは間違いないのだな?」
「それだけは間違いありません」
 もし弾路が認識阻害系のスキルを持っているのであれば、全てが見えなかったはずだ。もしくは【弾丸の勇者】を別のクラスに変えて見せたはずである。
 弾路が勇者であると誤認識させようとしている可能性はあるが、それならイリアを助けた時に名乗り出ているはず。
 全ての情報を精査したビンセントは、弾路が【弾丸の勇者】だと自信を持って答えた。

「気になるのは傷痕だな。ダンジは何かしらの事件、または面倒事に巻き込まれたのではないか?」
「これは僕の想像なんですが」
 イーサンが何かを思いついた。

「構わん。言ってみろ」
「ダンジは巻き込まれた者として、処分されたのではないでしょうか?」
「処分だと……? だが、過去の巻き込まれた者は、勇者程ではないにしても優秀な者ばかりだったはずだ。それを処分するとか、考えられないんだが?」
「お嬢様、よろしいでしょうか」
 今度はビンセントが口を開いた。

「申せ」
「ゴルディア王は賢明な人物だと伺っておりますが、その三人の王女は愚鈍な者たちだと聞いております」
「たしか、サマンサ、エリザベス、カミラだったか?」
「はい。三王女は容姿こそ美しいものの温厚な性格の父王に似ず、自己顕示欲や権力欲が強い者たちだと聞いております。王女たちは巻き込まれた者をただの邪魔者と思ったのではないでしょうか」
 ゴルディア王の子供は三人の王女しか居ない。いずれは三人の誰かが女王になるだろう。その女王の座を巡って三人は勢力争いをしていた。
 今回の勇者召喚もその勢力争いの一環である。三勇者が召喚されるのは分かっていたことから、三王女で分けられると思って召喚された。
 三勇者を競わせて魔王討伐をさせ、面倒を見ている勇者が魔王を倒したら次の女王になるのだ。
 三王女は真剣に女王争いをしているが、そんなことで召喚される勇者たちの都合など一切考えていなかった。

「考えられないことはないが、彼奴(きゃつ)らはそこまで愚かなのか?」
「三人とも残忍な性格をしておりますれば、可能性は十分にあるかと」
「ふむ……。では、ダンジのレベルはどういうことだ? 召喚後はレベル一のはずだ。それがレベル五〇もあるというのは、おかしいではないか」
「そうでもございません。ゴルディア国とこの帝国の間には死の森があります。あの森を越えて来たのであれば、レベルが高いことも納得できます」
「あの爆破攻撃なら、死の森を越えられるかもしれませんよ、姉上」
「確かに、あの攻撃なら死の森も越えられるか」
 イリアは考えを巡らす。

「ダンジを取り込みたい。イーサンの意見を聞かせてくれ」
「人柄は善良だと思います。ただ、貴族に良い感情がないように見受けられます。あまりしつこくすると、逆に敵になるかもしれませんね」
 若いイーサンだが、その目は確かだ。イーサンがダンジの行動を注意深く監視してそう判断したのだから、従うべきだろう。

「爺やはどうか?」
「つかず離れず、時間をかけて懐柔されるがよろしいかと存じます。幸いにもダンジ様はあまり自分を出さないお方ですから、こちらの思惑に誘導することは可能でしょう」
 海千山千のビンセントにかかれば、ダンジを誘導するのは造作もないだろう。

「ミッシェルはどうか」
「裸の私に指一本触れようとしませんでした。興味がないわけではなさそうですが、あまり女性に良い感情を持ってないかもしれません。よって、女性をあてがうのは関係を悪化させる元になりかねません」
「その立派な胸を揉みしだこうとか、柔肌に吸いつこうとかしなかったのか?」
「はい。ただし、あそこは反応してましたので、不能や同性愛者というわけではないかと」
「ふむ……。ただのヘタレか」
 イリアはニッシッシッシと笑う。これがイリアの本性なのだ。

「姉上。先ほどから言葉が下品ですよ」
「四人の時は構わんさ。それより、ダンジを私の伴侶にどうだ?」
「今のミッシェルの話を聞いてましたか? 姉上は人間性はともかく、見た目だけは良いですが、ダンジは女が苦手のようですよ」
「私は性格も美しいぞ」
「行き遅れが何を言いますか」
「うるさいわね! 私が結婚出来ないのは、私の魅力が分からない盆暗(ぼんくら)共ばかりだからよ!」
 イリアは腕を組んでプイッと顔を背ける。なかなか可愛らしい所作だ。

「ダンジ様を伴侶にするのは、良いことにございます。勇者の血を入れれば、ガルバー家の繁栄は永遠のものになりましょう。それに行き遅れのお嬢様は、いい加減に身を固められるべきです。わたくしが生きている間にご嫡男様を儲けていただかないと、墓に入ることもできません」
「爺や、そのブラックユーモアはムカつくぞ」
「ブラックユーモアではございません。事実です。行き遅れのお嬢様のことだけが、このビンセントの心残りなのです」
「行き遅れ、行き遅れ、行き遅れと、あんたたちうるさいわよ!」
 イリアの大声が屋敷内にこだまする。