■■■■■■■■■■
004_痛みを超えて
■■■■■■■■■■
馬車が停まったのを感じ、目を覚ました。弾路はいつの間にか寝てしまっていた。
「ん、ここは?」
宿についたと思ったが、まったく想像していなかった光景が窓から見えた。
「出ろ」
馬車を護衛していた騎士に命じられるままに、弾路は馬車から降りた。そこは宿などなく、それどころか町でさえなかった。
「あ、あの、ここは……?」
森の中のちょっとしたスペース。弾路たち以外は誰も居ない寂しい森の中で、弾路は馬車から下ろされた。
周囲には鬱蒼とした木々と草花があるだけだ。
「悪く思うなよ。サマンサ様の命令なんだ」
騎士たちが剣を抜いた。
「えっ!?」
「あんたが目障りなんだとさ」
そう言うと騎士は剣を振り上げた。
弾路はあまりの恐怖に、体が動かなかった。
ズシャッ。
弾路は左肩から袈裟切りにされ、血が飛び散る。
「あぁ……」
(痛い。なんで僕が……なんでいつも僕ばかり……)
どさりと倒れた弾路は、絶望を見つめた。
「とどめを刺せ」
「いや、もういいだろ。この傷ならすぐに死ぬさ」
剣を振り下ろした騎士が、傷口を確かめる。
「(傷は浅い。生きろよ)」
「あぁ……」
騎士は小さな声でそう言い残すと、他の騎士たちと共に来た道を帰って行った。
騎士は申しわけなさそうな表情をしていた。弾路が気の毒で、傷が浅くなるように手加減してくれた。
いくら上司(サマンサ)の命令でも、巻き込まれて召喚された弾路を殺すのは忍びない。されとて殺さなかったら、自分が殺される。しかも弾路が死んでないと知ったら、サマンサは必ず暗殺者を送るだろうと考えたのだ。
サマンサという姫は、そういう人物である。冷徹で冷血な王女なのだ。
「うぅぅぁぁぁ……痛い……」
傷は浅いと言えど、痛いものは痛い。しかも、血はとめどなく流れ出る。
このままでは失血死するかもしれないと思った弾路は、弾丸を創造した。ドラマや映画で見るような弾丸だ。
初めての弾丸創造がこんな状況だとは、少し前は思ってもいなかった。
「これで……」
弾路の【弾丸の勇者】は、弾丸を創造できるというもの。弾丸は弾頭部、薬莢、抽筒板、雷管、そして発射薬(火薬)で構成されている。
弾路は発射薬で傷口を焼いて止血しようと考えたのだ。
震える手で弾頭部を外そうとするが、上手くいかない。
歯で弾頭部を噛み、無理やり力を入れる。鍛冶場の馬鹿力と言うべきか、弾頭部が外れた。
発射薬を傷口に振りかけるが、一個では足りない。いくつかの発射薬を傷口にかけて、ポケットからジッポを取り出す。
コンビニのビニール袋を持って召喚されたことから、ポケットの中のジッポやタバコもあると思っていた。
「はぁはぁ……上手くいってくれ」
震える手でジッポの石を回すと、火が点いた。
「はぁはぁ……やるぞ……」
そうやって気合を入れなければ、とても怖くてできない。
ジッポの火を発射薬に近づける。熱いと感じた瞬間、発射薬に引火し、激しく傷口を焼いた。
「ギャァァァァァァァッ」
この世のものとは思えないような絶叫を発した弾路は、そのショックによって何度か体が跳ねて痙攣した。
手放したジッポが地面を転がるが、火は消えずに無情にも燃え続ける。
「あが……ぐぅ……はぁはぁ……くそっ、くそっ、くそっ、くそっ!」
社会人になってやっと平穏を手にしたというのに、この世界の事情で召喚されてこのザマである。
元の世界に帰せないのも気に入らないが、何よりも殺そうとしたことが気に入らない。嫌悪、憎悪、厭悪の感情が心を蝕む。
帰せないなら、国王が言ったように暮らしが立つようにするのが筋だ。なのに、なんでこんな痛い思いをしなければいけないのか。苦しい思いをしなければいけないのか。
「全部あの女が悪いんだ!」
サマンサが憎い。憎くて憎くて、心が苦しい。
なぜそっとしておいてくれない。文句はあっても、そっとしておいてくれれば何も言わないのに。
「あの女も同じ目に合わせたい。切り刻んで殺してやりたい」
そうは言っても相手は一国の王女だ。復讐は簡単ではない。
どうすればいいのか。答えは簡単だった。
───国を相手にしても戦えるくらい強くなればいい。
「力だ、力が欲しい。この【弾丸の勇者】を使いこなすんだ」
痛む体を鼓舞して起き上がり、ジッポを拾って蓋をする。
良く見れば、コンビニで買ったものが地面に放置してあった。あの騎士が置いていったようだ。
「くっ……」
傷口を焼いて止血したが、完治したわけではない。体を動かすと激しく痛む。
この痛みの一つ一つが変換されて、憎悪に加わっていく。
「【弾丸の勇者】よ、僕に力を与えてくれ」
三勇者しか召喚されないはずだった。そこに巻き込まれた弾路が勇者なのはおかしい。
だったらこの【弾丸の勇者】は何を示しているのか。
───悪を屠れと言われている気がした。
悪とは魔王ではなくサマンサだ。
少なくとも弾路にとって、魔王は悪ではない。なんの害も受けていない魔王を嫌悪するような偏見は弾路にない。
「あの女に苦痛を与える力。悪を倒す力を僕に与えてくれ!」
弾路は木に背を預け、激しい息を整える。そうしているうちに、意識が遠のいていった。
傷が痛んで目を覚ますまで、三時間程眠った。
「寝ていたのか……」
寝たおかげで少し気分はいい。とは言っても「とても最悪」が「最悪」になった程度だ。
「自分にできることを考えないとな……」
(ステータス・オープン)
+・+・+・+・+・+・+・+・+・+
懐瑠弾路(三〇)
クラス 【弾丸の勇者(一)】
スキル 【弾丸創造(一)】【異世界通販(一)】
+・+・+・+・+・+・+・+・+・+
「あれ……? 【異世界通販】?」
城で見た時はなかった【異世界通販】がスキル欄に表示されていた。
目を見張る弾路は次第に笑顔になっていき、大声で笑い出した。
【異世界通販】というスキルを使えば、銃を入手できるかもしれない。銃が存在しないこの世界で、元の世界の品々が購入できる。
さっそく【異世界通販】を使ってみることにした。
「【異世界通販】!」
ステータス画面のような、半透明な画面が現れた。
画面には【購入】【売却】【入金】【出金】【ストック】【ダストボックス】のアイコンがある。
説明を読んでみる。
【購入】地球の製品を購入できる。
【売却】換金できるものなら、なんでも売れる。
【入金】お金を入金できる。
【出金】お金を払い出しできる。
【ストック】購入したものと売却したいものを一時的にストックする場所。
【ダストボックス】無生物を無料で廃棄できるが、一度廃棄したものは戻って来ない。
「待ってろよ、サマンサに僕と同じ痛みを味合わせてやるからな!」
004_痛みを超えて
■■■■■■■■■■
馬車が停まったのを感じ、目を覚ました。弾路はいつの間にか寝てしまっていた。
「ん、ここは?」
宿についたと思ったが、まったく想像していなかった光景が窓から見えた。
「出ろ」
馬車を護衛していた騎士に命じられるままに、弾路は馬車から降りた。そこは宿などなく、それどころか町でさえなかった。
「あ、あの、ここは……?」
森の中のちょっとしたスペース。弾路たち以外は誰も居ない寂しい森の中で、弾路は馬車から下ろされた。
周囲には鬱蒼とした木々と草花があるだけだ。
「悪く思うなよ。サマンサ様の命令なんだ」
騎士たちが剣を抜いた。
「えっ!?」
「あんたが目障りなんだとさ」
そう言うと騎士は剣を振り上げた。
弾路はあまりの恐怖に、体が動かなかった。
ズシャッ。
弾路は左肩から袈裟切りにされ、血が飛び散る。
「あぁ……」
(痛い。なんで僕が……なんでいつも僕ばかり……)
どさりと倒れた弾路は、絶望を見つめた。
「とどめを刺せ」
「いや、もういいだろ。この傷ならすぐに死ぬさ」
剣を振り下ろした騎士が、傷口を確かめる。
「(傷は浅い。生きろよ)」
「あぁ……」
騎士は小さな声でそう言い残すと、他の騎士たちと共に来た道を帰って行った。
騎士は申しわけなさそうな表情をしていた。弾路が気の毒で、傷が浅くなるように手加減してくれた。
いくら上司(サマンサ)の命令でも、巻き込まれて召喚された弾路を殺すのは忍びない。されとて殺さなかったら、自分が殺される。しかも弾路が死んでないと知ったら、サマンサは必ず暗殺者を送るだろうと考えたのだ。
サマンサという姫は、そういう人物である。冷徹で冷血な王女なのだ。
「うぅぅぁぁぁ……痛い……」
傷は浅いと言えど、痛いものは痛い。しかも、血はとめどなく流れ出る。
このままでは失血死するかもしれないと思った弾路は、弾丸を創造した。ドラマや映画で見るような弾丸だ。
初めての弾丸創造がこんな状況だとは、少し前は思ってもいなかった。
「これで……」
弾路の【弾丸の勇者】は、弾丸を創造できるというもの。弾丸は弾頭部、薬莢、抽筒板、雷管、そして発射薬(火薬)で構成されている。
弾路は発射薬で傷口を焼いて止血しようと考えたのだ。
震える手で弾頭部を外そうとするが、上手くいかない。
歯で弾頭部を噛み、無理やり力を入れる。鍛冶場の馬鹿力と言うべきか、弾頭部が外れた。
発射薬を傷口に振りかけるが、一個では足りない。いくつかの発射薬を傷口にかけて、ポケットからジッポを取り出す。
コンビニのビニール袋を持って召喚されたことから、ポケットの中のジッポやタバコもあると思っていた。
「はぁはぁ……上手くいってくれ」
震える手でジッポの石を回すと、火が点いた。
「はぁはぁ……やるぞ……」
そうやって気合を入れなければ、とても怖くてできない。
ジッポの火を発射薬に近づける。熱いと感じた瞬間、発射薬に引火し、激しく傷口を焼いた。
「ギャァァァァァァァッ」
この世のものとは思えないような絶叫を発した弾路は、そのショックによって何度か体が跳ねて痙攣した。
手放したジッポが地面を転がるが、火は消えずに無情にも燃え続ける。
「あが……ぐぅ……はぁはぁ……くそっ、くそっ、くそっ、くそっ!」
社会人になってやっと平穏を手にしたというのに、この世界の事情で召喚されてこのザマである。
元の世界に帰せないのも気に入らないが、何よりも殺そうとしたことが気に入らない。嫌悪、憎悪、厭悪の感情が心を蝕む。
帰せないなら、国王が言ったように暮らしが立つようにするのが筋だ。なのに、なんでこんな痛い思いをしなければいけないのか。苦しい思いをしなければいけないのか。
「全部あの女が悪いんだ!」
サマンサが憎い。憎くて憎くて、心が苦しい。
なぜそっとしておいてくれない。文句はあっても、そっとしておいてくれれば何も言わないのに。
「あの女も同じ目に合わせたい。切り刻んで殺してやりたい」
そうは言っても相手は一国の王女だ。復讐は簡単ではない。
どうすればいいのか。答えは簡単だった。
───国を相手にしても戦えるくらい強くなればいい。
「力だ、力が欲しい。この【弾丸の勇者】を使いこなすんだ」
痛む体を鼓舞して起き上がり、ジッポを拾って蓋をする。
良く見れば、コンビニで買ったものが地面に放置してあった。あの騎士が置いていったようだ。
「くっ……」
傷口を焼いて止血したが、完治したわけではない。体を動かすと激しく痛む。
この痛みの一つ一つが変換されて、憎悪に加わっていく。
「【弾丸の勇者】よ、僕に力を与えてくれ」
三勇者しか召喚されないはずだった。そこに巻き込まれた弾路が勇者なのはおかしい。
だったらこの【弾丸の勇者】は何を示しているのか。
───悪を屠れと言われている気がした。
悪とは魔王ではなくサマンサだ。
少なくとも弾路にとって、魔王は悪ではない。なんの害も受けていない魔王を嫌悪するような偏見は弾路にない。
「あの女に苦痛を与える力。悪を倒す力を僕に与えてくれ!」
弾路は木に背を預け、激しい息を整える。そうしているうちに、意識が遠のいていった。
傷が痛んで目を覚ますまで、三時間程眠った。
「寝ていたのか……」
寝たおかげで少し気分はいい。とは言っても「とても最悪」が「最悪」になった程度だ。
「自分にできることを考えないとな……」
(ステータス・オープン)
+・+・+・+・+・+・+・+・+・+
懐瑠弾路(三〇)
クラス 【弾丸の勇者(一)】
スキル 【弾丸創造(一)】【異世界通販(一)】
+・+・+・+・+・+・+・+・+・+
「あれ……? 【異世界通販】?」
城で見た時はなかった【異世界通販】がスキル欄に表示されていた。
目を見張る弾路は次第に笑顔になっていき、大声で笑い出した。
【異世界通販】というスキルを使えば、銃を入手できるかもしれない。銃が存在しないこの世界で、元の世界の品々が購入できる。
さっそく【異世界通販】を使ってみることにした。
「【異世界通販】!」
ステータス画面のような、半透明な画面が現れた。
画面には【購入】【売却】【入金】【出金】【ストック】【ダストボックス】のアイコンがある。
説明を読んでみる。
【購入】地球の製品を購入できる。
【売却】換金できるものなら、なんでも売れる。
【入金】お金を入金できる。
【出金】お金を払い出しできる。
【ストック】購入したものと売却したいものを一時的にストックする場所。
【ダストボックス】無生物を無料で廃棄できるが、一度廃棄したものは戻って来ない。
「待ってろよ、サマンサに僕と同じ痛みを味合わせてやるからな!」