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 027_死の森合同作戦(六)
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 喧騒が弾路の耳に聞こえて来た。作戦行動が始まったのだ。
「申し上げます」
 伝令が指令本部になっている大型テントに駆け込んで来た。
「許す」
 イリアの側近の貴族が発言の許可を与えると、伝令が開戦を報告した。
 中央、西、東側の三方向の伝令は三〇分おきに駆け込んできて、どういった魔物を倒したとか被害がどれだけ出ているとか報告がされていく。
(無線機がないから、こういった伝令が情報を持ってくるのか。ちょっと不便だな。この世界なら通信機を作っても周波数の制限もないから使い放題なんだろうな……)
 通信機の仕組みはある程度分かる。作ろうと思えば、弾路でも作れるくらいに単純なものだ。

 そろそろ昼を過ぎるという頃だった。東側の魔物駆除を任されているドルバス侯爵軍がSランクの魔物と戦闘に入ったと伝令が報告した。
 倒せばノルマ達成、倒せずに撤退すれば責任問題。ドルバス侯爵の分水峰(ぶんすいれい)である。




「閣下! Sランクのグレーターキマイラが現れました!」
「ふん。グレーターキマイラなど何程のものか! 蹴散らせ! 我がドルバス軍の精強さをイリアに思い知らせるのだ!」
 これまで冒険者ギルドとの合同作戦は毎年行われ、それが数十年続いている。だが、その地位故にドルバス侯爵が前線に出て指揮を執ったことはない。
 Sランクの魔物がどれほどの強さか、レベルという数字では分かっていても実際に肌で感じたことはない。

 ドルバス侯爵軍の兵員はおよそ五〇〇人。侯爵自信が一〇〇人を直接指揮し、長男と次男がそれぞれ一〇〇人を、あとは部下の隊長が五〇人ずつ四部隊を指揮している。
 もちろん、部下が指揮する四部隊が一番前を担当する。
 その四部隊がグレーターキマイラにかかりっきりになっていると、今度はドルバス侯爵の長男が指揮する部隊が別の魔物の襲撃を受ける。

「ボクネン様の部隊がSSランクのエルダートレントと交戦状態に入りました!」
「そんなもの、さっさと排除しろ!」
 エルダートレントがどれほど強いか分からないドルバス侯爵は、長男のボクネンの部隊に速やかに倒せと命じる。
 もし、ドルバス侯爵がSSランクの強さや恐ろしさを知っていたら、このような命令は出さなかっただろう。

 その体形もあってドルバス侯爵は馬に乗れない。乗っても馬を思うように操れないのだ。だからドルバス侯爵は輿に乗っていて、その担ぎ手は全部で一六人も居る。
 大きな輿のため、死の森の中では動きは悪い。方向を変えるだけでも大変だ。
 それでもドルバス侯爵は輿から降りない。
 死の森を歩いて進むなど、彼には考えられないことなのだ。これまでに全線指揮をしたことがあれば輿などに乗ろうと思わなかったかもしれないが、六〇にもなる今回が初めての前線指揮である。

「申し上げます。ボクネン様の部隊が魔物に押されております」
「ええーい。ボクネンめ、だらしがない!」
 SSランクのエルダートレントを相手しているのだから、ボクネンを責めることはできない。だが、ドルバス侯爵は長男をだらしないと罵る。
 そこに別の伝令が駆け込んで来た。
「申し上げます。第四部隊、第五部隊、第六部隊、第七部隊がグレーターキマイラを討伐しました。怪我人多数により、これ以上の戦線維持は不可能とのことです。後退の許可を求めております」
「怪我人など放っておけ! すぐにボクネンの部隊を援護しろ!」
 第四から第七部隊は戦力の半数以上が怪我を負っている。本来であれば無傷の次男の部隊を援軍に向かわせるか、全軍を撤退させてほかの貴族軍にあとを任せるのが良いだろう。しかしイリアへの意地もあって、魔物に追い立てられて後退するなどあり得ない。

「まったく使えない奴らめ」
「閣下。エルダートレント相手ではボクネン様の精強な部隊でも苦労しましょう。四部隊も戦力が低下しておりますれば、あまり役には立たぬと存じます。閣下自らが援軍に向かえば、エルダートレントなど瞬時に退治なさるでしょうが、それではボクネン様の面目が立ちません。そこで、フンショウ様の部隊を援軍に向かわせるべきかと存じますが、いかがでしょうか」
 次男のフンショウの部隊を援軍にと提案したのは、ドルバス侯爵の政治顧問をしているクルスガー男爵である。
 まだ三二と若いクルスガー男爵だが政治力はかなりのもので、彼が政治顧問に就任してからドルバス侯爵の領地の税収が一五パーセント程上昇したことでドルバス侯爵の信任を得ている。

「むぅ……いいだろう、フンショウにボクネンの援護をするように伝令だ」
「閣下のご英断に、このクルスガー頭が下がる思いです。そこでもう一つ」
「なんだ」
「ゲーレ殿を援軍に向かわせましょう。それでボクネン様もフンショウ様も部下たちも閣下の慈愛の心に触れ、泣いて喜びましょう」
「ゲーレ……をか?」
「はい。ゲーレ殿です」
 ゲーレというのは、元SSランクの冒険者である。その出自がドルバス侯爵家の分家の分家ということもあり、冒険者を引退した以降はドルバス家に仕えている。
 その戦闘力は圧倒的で、槍を持たせたら鬼神の如き働きを見せると評判の人物である。

「分かった。ゲーレを向かわせよう」
 ゲーレはドルバス侯爵のすぐそばに控えているため、その言葉を聞き頷いて離れていく。
「さすがは閣下にございます。皆が咽び泣いて喜ぶことでしょう」
「ワシの判断に間違いはない! がははは」
 クルスガー男爵はドルバス侯爵の扱い方をよく心得ている。クルスガー男爵にとってドルバス侯爵は手のひらの上で踊らせている道化に過ぎない。

 やがてエルダートレントの討伐報告が届いた。
「がーっはははは! イリアめにエルダートレントを見せびらかしてやるわ! がーっはははは!」
 SSランクのエルダートレントを倒すために、ドルバス侯爵軍の三分の二の戦力が失われた。ドルバス侯爵はまったく気にしていない。
 今回率いて来た軍は、ドルバス侯爵家の四分の一にも満たないものだ。戦力のほとんどは残っていると思っているのだ。

 だが、今回のエルダートレントとの戦いで、ゲーレは大怪我を負った。その怪我は酷く、左足を失ってしまったのだ。
 元SSランク冒険者という戦力を使い潰すようなドルバス侯爵は、非難の対象になることだろう。
 ゲーレというネームバリューは大きい。ドルバス侯爵派の貴族の中には、ゲーレという戦力があるから所属しているという者も居るのだ。