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 死の森合同作戦(三)
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 イリアとドルバス侯爵の口論が終わり、冒険者ギルドのギルドマスターが挨拶をした。
「───今回の作戦の成功を祈っています」
 死の森合同作戦の総司令官は公爵であるイリアだが、実際に前線指揮をするのはこのメリクというギルドマスターである。
 メリクはまだ四〇にも届いていないが、なかなかの切れ者だと貴族からも一目置かれている人物だ。
(渋面でギルマスとか、やっぱり顔面偏差値は立場とイコールなのか……)
 顔面偏差値と立場がイコールなのかは意見が分かれることだろう。
 弾路はそこまで容姿が悪いわけではない。だが、ずっとイジメられていたことで、自分は醜いと勘違いしている。弾路の容姿への卑屈さは一二年にも渡るイジメによるものであり、簡単には抜けないものだ。

(あれ、あの人も死の森の合同作戦に参加するんだ。元SSランク冒険者だから、戦闘力は間違いないってギルドの人も言っていたもんね。美人で強く、後進の育成に力を入れているとか、惚れてしまいそうだよ)
 戦闘契約者のシャズナの姿を見とめた弾路は、知り合いが居て良かったと胸を撫で下ろす。

 一方、シャズナのほうは弾路が居ることに驚きをもって受け止めた。しかも公爵の相談役というものだ。少なくとも公爵に近しい存在なのが分かる。
(あの子、まさか公爵家に縁があるとはね。あの監視者たちも公爵の手の者ってとこかしら。あの銃という武器といい、公爵に近しい存在といい、いったいどういった子なのかしらね)
 興味津々で弾路を見つめるシャズナを、イリスが見つめている。
(あのエルフ。私のダンジに色目を使ってるわ! ダンジは私のなんだからね!)

 顔合わせが終わると、最初に冒険者たちがガーランドから死の森へと向かう。ついで公爵軍の先遣隊となったドルバス侯爵が率いる軍、さらに伯爵軍や子爵軍、そして男爵軍が続く。公爵直轄軍は最後尾の出陣になるため、かなり遅い出発だ。
 昼過ぎにやっと公爵直轄軍が動き出す。イリアと弾路は同じ馬車に乗る。もちろん、執事のビンセントとメイドが一人同乗する。
 待ちくたびれた弾路は、三徹の疲れからウトウトし出す。馬車の振動が睡魔に魔力を与えるかのように、弾路は意識を手放す。

「お嬢様。チャンスですぞ」
「う、うむ……」
 弾路のすぐ横に移動したイリアは、弾路が倒れ込んでくるのをそっと膝枕する。
 弾路はすやすやと寝息を立てていて、起きる気配はない。
(これが伝説の膝枕!? ふふふ。私もいっぱしの女になったわ)
 イリアは弾路の髪を撫でてみた。毎日風呂に入ってシャンプーとトリートメントを欠かさない弾路の髪はサラサラさった。
(この髪の手触りは……たしかミッシェルの報告では、シャンプーで汚れを落としてトリートメントで髪の艶を出すと言っていたな。これは私も使いたいぞ)
 髪のサラサラ艶々を間近で見て触ったイリアは、ダンジにシャンプーとトリートメントを用立ててもらおうと心に決めた。



(あれ、僕は……どうやら寝てしまったようだね。しかしこの枕、とても柔らかくて気持ちいいや。もっと寝て居られるよ)
 微睡の中で弾路の意識が急速に浮上していく。
「う……うーん……」
 目を開けると、イリアの顔が目の前にあった。しかも下からのアングルだ。
「え?」
「起きたか」
 イリアと視線が合う。
(これ、どういうこと? なんでイリアの顔が?)
「あ、あの……なんでイリアの?」
「何を寝ぼけているのだ」
「寝ぼけて……? はっ!?」
(こ、これはまさか!? あの伝説の膝枕!? えぇぇ……イリアが僕のために? 嘘……公爵様だよ……)
「あの、ごめん。重かったよね、すぐどくから」
「構わんぞ」
「え?」
「だから、構わんと言っているのだ」
「で、でも……本当に?」
「うむ。だが、私の膝はそんなに柔らかくない。すまん」
「そ、そんなことない! イリアの膝はとっても柔らかくて気持ちいいです!」
「え」
「あ」
 ポッと二人の頬が真っ赤になる。
(若い方々は初々しいですな。ははは)
 ビンセントが生暖かい目で二人を見守り、メイドも同じように微笑ましく二人を見ている。

 目が覚めた弾路は、これ以上は膝枕をしてもらっては悪いと体を起こした。
 イリアは残念な気持ちだったが、もうすぐ野営地に到着するため割り切ることにした。
「ダンジは三日も徹夜して、何をしていたんだ?」
「銃を造っていました」
 イリアの質問に弾路が即答した。気まずさを隠す即答だ。
「ほう、あの銃か」
「色々な形の銃があるんだ。僕に造れるものは多くないけど、色々造りたいと思っていたらついね」
「ははは。没頭すると時間経過が分からないタイプだったか。まるで子供だな」
「正直言って、自分でもそう思うよ」
 頭をかいて気恥ずかしさを誤魔化す。

「お嬢様。ダンジ様。野営地に到着されたよしにございます」
 ビンセントが野営地への到着を告げるまで、二人はいい雰囲気でお喋りしていた。
 行き遅れのイリアにも春が来たと、ビンセントの目頭が熱くなる。
(年を取ると涙もろくなり、困ったものです)