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023_死の森合同作戦(二)
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死の森合同作戦は大規模な軍事行動になるため、関係各所の顔合わせがある。
イリアは総司令官として、公爵軍と冒険者たちを指揮する。そのイリアの相談役として弾路も会議室に入った。化粧のおかげで表面的な顔色はいい。
イリアの部下である二侯爵と四伯爵、多くの子爵と男爵。ムドラ州の貴族は全て公爵であるイリアの部下であり、貴族たちは爵位によって二年または四年に一回の持ち回りでこの死の森合同作戦に参加している。
さらに死の森合同作戦には冒険者も参加することから、冒険者ギルドのトップであるギルドマスターを始めとした職員五人と高ランク冒険者が一〇人ほどこの顔合わせに参加している。
冒険者は貴族と違って毎回参加するため、ギルドマスターかサブマスターのどちらかが参加している。
あとはイリアの直轄軍からも参加があることから、数人の隊長が参加している。
その中にはイーサンの姿もあるが、彼はイリアの護衛騎士隊の隊長だからイリアと共に毎回参加になる。
(毎回参加は僕とビンセントくらいだよ。本当に面倒だなぁ……)
イリアの護衛として全力は尽くすが、たまには留守番して羽を伸ばしたいイーサンである。
イリアと一緒に会議室に入って来た弾路に、あいつは何者だと貴族たちの勘繰る視線が集まる。あまり気分のいい視線ではない。
「皆、今年もよろしく頼むぞ」
「「「はっ!」」」
イリアが簡単に挨拶すると、貴族たちから気合の入った返事が返って来る。
一般的に魔物を狩るのは冒険者の仕事だが、この死の森合同作戦だけは違った意味合いがある。
戦争が発生した時は貴族たちの出番だが、戦争が頻繁に起こる地域ではない。だから死の森合同作戦は貴重な実戦を体験する場である。魔物を間引きつつ兵の質(レベル)を上げるのが、この合同作戦の目的なのだ。
また死の森合同作戦はムドラ州の総司令官である女公爵イリアに、我が家の軍は強いからいざという時は任せろとアピールする良い場でもあるのだ。
さて、顔合わせの場では、弾路のことも紹介される。
ビンセントが弾路を相談役だと紹介すると、貴族の一人が手を上げた。イリアに近い席のその貴族はダルマン伯爵だ。
ロマンスグレーの髪をオールバックにした、軍人然とした佇まいの人物である。
「ダルマン伯、何か?」
イリアがダルマン伯爵に発言を許すと、彼は立ち上がった。
立ち上がると立派な体躯なのがよく分かる。鍛え上げられた胸板によって、軍服がはち切れそうだ。
「某、相談役なる役職をとんと知りませぬ。相談役とはいかなる役職でありましょうか?」
貴族たちの多くが持つ疑問だ。
「相談役は私の相談を聞き、アドバイスをする者である。兵の指揮権はなく、私が聞いた時だけアドバイスする」
「承知しました」
ダルマン伯爵は指揮権のことが聞けたことで、十分だと腰を下ろした。
指揮権があるようなら貴族たちの沽券に関わることだから、さすがに見過ごすことはできない。事前に調整などがあってしかるべきだろう。
しかし、公爵であるイリアはこの中の誰よりも最高の権限を持つのだから、些細な人事に目くじらを立てることはない。
こういった軍事作戦は指揮権の所在が問題になる時がある。そこをはっきりさせてもらえれば、イリアが誰を連れてこようと構わない。
だがここに居る貴族は、ダルマン伯爵のように簡単に引き下がる者ばかりではない。
「そのような素性不確かな者を参陣させるのは如何なものでしょうか」
そう挑発的な言葉を発したのは、ドルバス侯爵だ。
(うわー、なんか気難しそうな人物だな……)
気難しいイコール性格が悪い。弾路の脳内ではこのような変換が行われている。
弾路が受けた印象通り、ドルバス侯爵はことあるごとにイリアを突き上げてくる。まだ若いイリアを侮っている節があるのだ。
そんなドルバス侯爵は多くの貴族を従える派閥を作っている。これがバカにならない勢力になっていて、イリアにとって目の上のたん瘤であるドルバス侯爵を一瞥する。
「今ダルマン伯の質問に答えた通り、相談役には指揮権はない。そんなに目くじらを立てるものではない」
イリアは弾路を素性不確な者と言われて、かなり気分が悪かった。それでも、総司令官として鼻で笑って見せた。だが、その行為がドルバス侯爵には気に入らなかった。
「閣下の相談を受ける者を、簡単に用いては示しがつきませんぞ」
(鬱陶しいわね。あんたのほうがよほど示しがついてないわよ!)
腹にため込んでいたものが沸々と湧き上がってくる。
イリアは三年前に父が引退したことで、家督を継いだ。父が病に倒れたことがきっかけだったが、その病の原因がこのドルバス侯爵なのだ。
ドルバス侯爵が派閥を作ってあれやこれやと注文をつけたことで、前公爵は胃潰瘍になってしまったのである。今は気楽な隠居生活を送って体調は良くなった前公爵だが、イリアはいつかドルバス侯爵を排除しようと考えている。
「私の相談役を素性不確かな者と蔑むとは、ドルバス侯はいつから私よりも偉くなった?」
「何もそのようなことを言っているわけではありませんぞ、閣下」
「私の相談役の人事にも口を出すとは越権行為も甚だしい。ドルバス侯には蟄居を申しつける」
いつかと思っていたが、それが今になるとはイリアも思っていなかった。
だが、これはいい機会だとイリアは感じた。
「なっ!? これから死の森合同作戦ですぞ、本気ですか!?」
「私が持つ権限を無視するような分をわきまえぬ者など、居ないほうが万事上手くいく。死の森合同作戦は他の者の奮起に期待する」
「そのような暴挙が許されますか!」
イリアは至って平静、いや、冷淡に語るが、ドルバス侯爵は目くじらを立てて冷静さが見えない。
ドルバス侯爵の派閥の貴族は、侯爵を擁護する言葉を発する。収集がつかないが、それはイリアの望む状況だった。
(ダンジには申しわけないけど、少し利用させてもらうわ。あとから、しっかりと埋め合わせはするからね)
「ドルバス侯。謝りなされ。謝って、閣下に許しを請いなされ」
間に入ったのは、ダルマン伯爵だ。
「閣下も些か大人げないと存じます。どうかご寛恕いただければと」
「ダルマン伯の言うことももっともだ。ドルバス侯が謝罪すれば、今回だけは許そう」
(バーカ、バーカ、バーカ。お前なんて、いつか潰してやるんだから! 今回は大人しく頭を下げなさいよーっだ!)
表面的には冷静を装っているイリアだが、内心ではドルバス侯爵への意趣返しを虎視眈々と狙っている。今回はつい思っていることが口に出たが、ドルバス侯爵を潰すのは今ではない。まだ下準備が済んでいないのだ。
ダルマン伯爵が助け船を出し、イリアも受け入れた。あとはドルバス侯爵が謝罪すれば、今回は収まる。皆の視線がドルバス侯爵に集まる。
(ここで拒否すれば、このワシが悪となるではないか! だが、あの小娘に頭を下げるのは癪だ。どうする。どうしたらいい?)
「閣下。今回のことはドルバス侯が出すぎました。お許しになる代わりに、ドルバス侯に今回の最前線を担っていただきましょう。ドルバス侯は死の森の魔物をこれまで以上に間引いて、閣下に二心なき証にされてはいかがですかな」
ここで出て来たのは、ザルド伯爵だ。
(うわー、絵に描いたような金髪碧眼の美青年だ。爆発しろーっ!)
弾路の心の声は置いておいて、ザルド伯爵はイリアの従兄であり幼馴染である。
「良いでしょう、最前線を任せていただこう。公爵閣下には、失礼いたしました」
二人の伯爵が間を取り持ったことで、我を通しては不利だと思ったドルバス侯爵は形ばかりの謝罪を口にした。
「以後、わきまえるように」
(くっ、小娘が! いつか見ておれよ、ワシの前に跪かせてみせるぞ)
(お前は潰すって決めてるんだからね!)
023_死の森合同作戦(二)
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死の森合同作戦は大規模な軍事行動になるため、関係各所の顔合わせがある。
イリアは総司令官として、公爵軍と冒険者たちを指揮する。そのイリアの相談役として弾路も会議室に入った。化粧のおかげで表面的な顔色はいい。
イリアの部下である二侯爵と四伯爵、多くの子爵と男爵。ムドラ州の貴族は全て公爵であるイリアの部下であり、貴族たちは爵位によって二年または四年に一回の持ち回りでこの死の森合同作戦に参加している。
さらに死の森合同作戦には冒険者も参加することから、冒険者ギルドのトップであるギルドマスターを始めとした職員五人と高ランク冒険者が一〇人ほどこの顔合わせに参加している。
冒険者は貴族と違って毎回参加するため、ギルドマスターかサブマスターのどちらかが参加している。
あとはイリアの直轄軍からも参加があることから、数人の隊長が参加している。
その中にはイーサンの姿もあるが、彼はイリアの護衛騎士隊の隊長だからイリアと共に毎回参加になる。
(毎回参加は僕とビンセントくらいだよ。本当に面倒だなぁ……)
イリアの護衛として全力は尽くすが、たまには留守番して羽を伸ばしたいイーサンである。
イリアと一緒に会議室に入って来た弾路に、あいつは何者だと貴族たちの勘繰る視線が集まる。あまり気分のいい視線ではない。
「皆、今年もよろしく頼むぞ」
「「「はっ!」」」
イリアが簡単に挨拶すると、貴族たちから気合の入った返事が返って来る。
一般的に魔物を狩るのは冒険者の仕事だが、この死の森合同作戦だけは違った意味合いがある。
戦争が発生した時は貴族たちの出番だが、戦争が頻繁に起こる地域ではない。だから死の森合同作戦は貴重な実戦を体験する場である。魔物を間引きつつ兵の質(レベル)を上げるのが、この合同作戦の目的なのだ。
また死の森合同作戦はムドラ州の総司令官である女公爵イリアに、我が家の軍は強いからいざという時は任せろとアピールする良い場でもあるのだ。
さて、顔合わせの場では、弾路のことも紹介される。
ビンセントが弾路を相談役だと紹介すると、貴族の一人が手を上げた。イリアに近い席のその貴族はダルマン伯爵だ。
ロマンスグレーの髪をオールバックにした、軍人然とした佇まいの人物である。
「ダルマン伯、何か?」
イリアがダルマン伯爵に発言を許すと、彼は立ち上がった。
立ち上がると立派な体躯なのがよく分かる。鍛え上げられた胸板によって、軍服がはち切れそうだ。
「某、相談役なる役職をとんと知りませぬ。相談役とはいかなる役職でありましょうか?」
貴族たちの多くが持つ疑問だ。
「相談役は私の相談を聞き、アドバイスをする者である。兵の指揮権はなく、私が聞いた時だけアドバイスする」
「承知しました」
ダルマン伯爵は指揮権のことが聞けたことで、十分だと腰を下ろした。
指揮権があるようなら貴族たちの沽券に関わることだから、さすがに見過ごすことはできない。事前に調整などがあってしかるべきだろう。
しかし、公爵であるイリアはこの中の誰よりも最高の権限を持つのだから、些細な人事に目くじらを立てることはない。
こういった軍事作戦は指揮権の所在が問題になる時がある。そこをはっきりさせてもらえれば、イリアが誰を連れてこようと構わない。
だがここに居る貴族は、ダルマン伯爵のように簡単に引き下がる者ばかりではない。
「そのような素性不確かな者を参陣させるのは如何なものでしょうか」
そう挑発的な言葉を発したのは、ドルバス侯爵だ。
(うわー、なんか気難しそうな人物だな……)
気難しいイコール性格が悪い。弾路の脳内ではこのような変換が行われている。
弾路が受けた印象通り、ドルバス侯爵はことあるごとにイリアを突き上げてくる。まだ若いイリアを侮っている節があるのだ。
そんなドルバス侯爵は多くの貴族を従える派閥を作っている。これがバカにならない勢力になっていて、イリアにとって目の上のたん瘤であるドルバス侯爵を一瞥する。
「今ダルマン伯の質問に答えた通り、相談役には指揮権はない。そんなに目くじらを立てるものではない」
イリアは弾路を素性不確な者と言われて、かなり気分が悪かった。それでも、総司令官として鼻で笑って見せた。だが、その行為がドルバス侯爵には気に入らなかった。
「閣下の相談を受ける者を、簡単に用いては示しがつきませんぞ」
(鬱陶しいわね。あんたのほうがよほど示しがついてないわよ!)
腹にため込んでいたものが沸々と湧き上がってくる。
イリアは三年前に父が引退したことで、家督を継いだ。父が病に倒れたことがきっかけだったが、その病の原因がこのドルバス侯爵なのだ。
ドルバス侯爵が派閥を作ってあれやこれやと注文をつけたことで、前公爵は胃潰瘍になってしまったのである。今は気楽な隠居生活を送って体調は良くなった前公爵だが、イリアはいつかドルバス侯爵を排除しようと考えている。
「私の相談役を素性不確かな者と蔑むとは、ドルバス侯はいつから私よりも偉くなった?」
「何もそのようなことを言っているわけではありませんぞ、閣下」
「私の相談役の人事にも口を出すとは越権行為も甚だしい。ドルバス侯には蟄居を申しつける」
いつかと思っていたが、それが今になるとはイリアも思っていなかった。
だが、これはいい機会だとイリアは感じた。
「なっ!? これから死の森合同作戦ですぞ、本気ですか!?」
「私が持つ権限を無視するような分をわきまえぬ者など、居ないほうが万事上手くいく。死の森合同作戦は他の者の奮起に期待する」
「そのような暴挙が許されますか!」
イリアは至って平静、いや、冷淡に語るが、ドルバス侯爵は目くじらを立てて冷静さが見えない。
ドルバス侯爵の派閥の貴族は、侯爵を擁護する言葉を発する。収集がつかないが、それはイリアの望む状況だった。
(ダンジには申しわけないけど、少し利用させてもらうわ。あとから、しっかりと埋め合わせはするからね)
「ドルバス侯。謝りなされ。謝って、閣下に許しを請いなされ」
間に入ったのは、ダルマン伯爵だ。
「閣下も些か大人げないと存じます。どうかご寛恕いただければと」
「ダルマン伯の言うことももっともだ。ドルバス侯が謝罪すれば、今回だけは許そう」
(バーカ、バーカ、バーカ。お前なんて、いつか潰してやるんだから! 今回は大人しく頭を下げなさいよーっだ!)
表面的には冷静を装っているイリアだが、内心ではドルバス侯爵への意趣返しを虎視眈々と狙っている。今回はつい思っていることが口に出たが、ドルバス侯爵を潰すのは今ではない。まだ下準備が済んでいないのだ。
ダルマン伯爵が助け船を出し、イリアも受け入れた。あとはドルバス侯爵が謝罪すれば、今回は収まる。皆の視線がドルバス侯爵に集まる。
(ここで拒否すれば、このワシが悪となるではないか! だが、あの小娘に頭を下げるのは癪だ。どうする。どうしたらいい?)
「閣下。今回のことはドルバス侯が出すぎました。お許しになる代わりに、ドルバス侯に今回の最前線を担っていただきましょう。ドルバス侯は死の森の魔物をこれまで以上に間引いて、閣下に二心なき証にされてはいかがですかな」
ここで出て来たのは、ザルド伯爵だ。
(うわー、絵に描いたような金髪碧眼の美青年だ。爆発しろーっ!)
弾路の心の声は置いておいて、ザルド伯爵はイリアの従兄であり幼馴染である。
「良いでしょう、最前線を任せていただこう。公爵閣下には、失礼いたしました」
二人の伯爵が間を取り持ったことで、我を通しては不利だと思ったドルバス侯爵は形ばかりの謝罪を口にした。
「以後、わきまえるように」
(くっ、小娘が! いつか見ておれよ、ワシの前に跪かせてみせるぞ)
(お前は潰すって決めてるんだからね!)