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 016_イリアの訪問(三)
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 切った野菜を網の上に置き、火にかける。
 玉ねぎ、パプリカ、トウモロコシ、カボチャ。これらの野菜は【異世界通販】で購入したものだ。
 この世界にもこれらの野菜はあるらしいが、あえて【異世界通販】で購入した。

 玉ねぎは淡路島産のもの。弾路でも知っている玉ねぎの産地だ。

 パプリカは福岡県産のものだ。産地に関しては聞いたことなかったが、肉厚で良さそうなものだったので購入した。

 トウモロコシは愛知県産で、メロンのように甘いことから生でも食べられるというものだ。昨夜購入して食べたが、本当に甘くて美味しいかった。
 そんな生でも食べられるトウモロコシを焼いて醤油をつけて食べようというのである。

 カボチャは北海道のもので、栗のようにほくほくして甘味もあると説明にあったから購入を決めた。

 次は鶏だ。これは三大地鶏と言われる比内地鶏を丸ごと一羽分購入して、色々な部位を竹串に刺して焼く焼き鳥スタイルにした。

 豚肉も忘れていない。三元豚のロースを塊で購入し、それを厚切りにしてある。脂が良い感じで入っていて、ピンク色の肉が美味しいそうだ。

 最後は牛肉だ。この肉はブランド黒毛和牛のシャトーブリアンを購入している。最高級の牛肉である。本来ならバーベキューに使うようなものではないが、構わずに購入した。
 日本で生まれ育った弾路でも、これほどの牛肉は食べたことがない。このシャトーブリアンは一〇〇グラムでなんと三万四〇〇〇円もした。
 こちらは鉄板で焼くつもりだ。

【異世界通販】は元の世界の品々を購入できるが、やや割高になっている。弾路の感覚だと二割から三割は高い。
 死の森の魔物と数十回もしくは一〇〇回以上戦ってその死体を得たおかげで、【異世界通販】のチャージ額が一億円を超えている弾路にとっては、大した額ではない。
 これでもまだ売却してない、【ストック】された魔物の死体があるのだ。一億円を超えた辺りで【ストック】するだけで済ませている。

「ほう、ずいぶんと豪快な焼き料理のようだな」
 朝一で設置した屋根だけのイベント用のテントの下で、椅子に座るイリアの声が聞こえた。
 イリアが座る椅子は、雰囲気を楽しんでもらうために折り畳み式の椅子だ。ただし有名メーカーのもので、かなり値が張った高級品である。

「今日は天気もいいし風もないですから、外で食べると美味しいですよ」
「うむ、斬新な試みである。楽しみだな」
 今日のイリアのドレスは、薄緑色のものだ。弾路にアピールするために、少し胸元が開いたものになっている。

 昨日のドレスが不評だと思ったイリアは、ちょいお色気路線に変更した。
 今日の弾路はイリアをもてなさないといけないと思っていて、そういった服装や胸元に目が行くことはなかった。
 イリアがミッシェルのようなメイドであったら、弾路もここまで緊張はしない。しかし悲しいことにイリアは公爵なのだ。緊張マックスで服装を見る余裕などない。
 それにイリアにしても、公爵には公爵に相応しい服装というものがある。家臣たちに侮られるような恰好はできないのだ。

「そろそろできます。ミッシェル、あれをお願い」
「承知しました」
 ミッシェルが向かう先には桶があった。水に氷が入っている。そこから何かを取り出すと、タオルで水気を拭いた。

 ミッシェルが取って来たのは、缶ビールだった。
 ミッシェルがイリアの前でプルトップを開けると、プシュッと炭酸が抜ける音がした。これがまた心地良い音だとイリアは感じた。
 ミッシェルがイリアの前にグラスを置き、ビールを注ぐ。ビールの注ぎ方にはコツがあると、昨夜弾路に教えられた。
 最初に多めに泡が出るように太く注いで、泡が落ちついて少なくなったら今度はあまり泡立たないように細く注ぐのだ。

「これはエールか?」
「それはビールと言います」
 皿に野菜を載せて持ってきた弾路が、イリアにビールの説明をする。エールより苦味は少ないが、スッキリとした喉ごしが特徴だ。
 弾路は恵比寿様のビールを好んで飲んでいた。と言っても恵比寿様のビールは高かったからなんちゃってビールを飲んで、休みだけ恵比寿様のビールだった。今回はそれを用意している。

「今日のように温かい日は、キンキンに冷やして飲むのが美味しいですよ」
「うむ、いただこう」
 イリアがグラスを傾け、ビールを喉に流し込む。
「おおおっ! 美味い! ダンジ、これは美味いぞ」
「喜んでいただけて、嬉しいです」
 イリアの無垢な笑みを見て、公爵でもこんな可愛らしく笑えるんだとほほ笑む弾路。

「こちらの野菜をこのタレにつけて食べてください」
 甘味のある野菜には、中辛のタレを出した。
 イリアはナイフとフォークで野菜を切り分けて、タレを少しつけて食べた。
「甘い! なんだ、この玉ねぎは!?」
「他の野菜も美味しいですよ」
 イリアはパプリカを食べて美味いと叫び、カボチャを食べて美味いと絶叫した。

「こちらのトウモロコシは、もうタレをつけてあります。手掴みで食べてください」
「何、手掴みだと?」
 小さ目に切られているトウモロコシに、イリスが手を伸ばす。
「お嬢様、手掴みは行儀が悪うございます」
 ビンセントが見かねて注意するが、イリアは手を上げて制した。
「これがこの料理を食べる作法なのだろう。そうであるなら、それを否定してはいかんぞ、爺や」
「これは失礼いたしました」
 ビンセントは大人しく引き下がった。元々ビンセントもイリアと同じ考えだったのだ。弾路に対するイリアのイメージを良くするために、小うるさい老人を演じたに過ぎない。

「なっ!? なんだ、これは!?」
 トウモロコシを豪快に齧ったイリアが、絶叫するほどトウモロコシは甘かった。しかも、醤油の塩気によって甘味がさらに引き立っているのだ。

 イリアはビールと野菜を交互に口にした。とても幸せそうな表情だが、メインはこれからだ。

 比内地鶏の焼き鳥を出す。ハツ、レバー、ずり、メギモ、ボンジリ等々だ。
「これは歯ごたえがあるが、この歯ごたえがいいな!」
「こっちは柔らかくて甘味があるぞ!」
「ああ、なんて美味いのだ!」
 イリアは一つ一つに感想を言った。それほど美味しいのだ。

 そんなイリアを警備しているイーサンは、涎を垂らしてイリアを見つめていた。いや、イリアが食べている料理を見つめていた。
「姉上だけ卑怯だよ……」
 この時ほど自分が公爵になっていればと思ったことはない。弾路のバーベキューは公爵家のお家騒動の元になりかけていた。
 そうとは知らず、弾路は三元豚のロースをイリアの前に置いた。

「豚肉のロースです。塩胡椒してありますので、そのまま召し上がってください」
「うむ」
 上品にナイフで切り分けるその所作が美しいと、弾路は見とれる。
 イリアが喜んでくれていることから、心に余裕ができたようだ。
「おおおっ! この豚肉も美味しい! 噛むごとに甘味がじゅわーっと出て来るぞ!」
 どこかの味の皇様のような、心の底からの叫びが出た。
 そのことに満足することなく、弾路はダメ押しをする。

 出したのは、シャトーブリアンである。一〇〇グラムでなんと三万四〇〇〇円の超高級肉だ。
 レアに焼いたこのシャトーブリアンは、ワサビと岩塩で食べる。
「なななななな、なんだこれはぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「うぅぅぅぅまぁぁぁぁぁぁぁいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」
 イリアは泣いていた。限界突破したその美味しさに、感動を覚えてしまったのだ。
 あまりの美味しさに、我を忘れるほどのイリア。そのイリアに笑みを向ける弾路。
(美味しいと言ってくれて、本当に良かった)

 弾路は鉄板に油を垂らし、起金(おこしかね)でそれを伸ばした。
 そこにキャベツを投入。ジューッと心地よい音がしてキャベツが躍るように跳ねる。弾路が起金をカチンカチンッと鳴らし、雰囲気を演出する。
 手際よくキャベツを炒め、豚肉を投入。この豚肉は三元豚のようなブランド肉ではなく、安いバラ肉だ。
 麺をそこに投入する。そう、これは焼きそばだ。

 鼻歌を歌いながら焼きそばを焼き、塩胡椒をして蒸らしてから最後にソースをかける。
 ソースの焦げる匂いが一気に立ち上る。それがイリアやビンセントの鼻孔をくすぐった。
「良い匂いだ」
「左様にございますな、お嬢様」

 焼きそばの匂いは護衛たちにも届き、イーサンなどは我慢の限界に来ていた。
(うぅぅぅ……姉上ばかり……僕だって食べたいのに……)

 出来上がった焼きそばを皿に盛るが、皿の数が多い。
「ミッシェル。皆に配って」
「はい」
 ミッシェルと弾路が手分けして、護衛とビンセントに焼きそばを渡した。
「それなら簡単に食べられます。どうぞ、召し上がってください」
「わたくし共にもよろしいのですか」
 ビンセントが戸惑いながら弾路に聞く。
「もちろんです。公爵様に出したような高級食材は使ってませんが、それはそれで美味しいですよ」
「ありがたく、頂戴いたします」
 ビンセントがフォークで麺を絡めとって口に運ぶ。大した動作ではないが、さすがはできる執事だ。イリアに負けず劣らずの所作である。
 焼きそばを食べたビンセントの目が大きく見開かれ、何度も頷いた。これまでに食べた麺類とは違った美味しさがあると、感動しているのだ。

「イーサンさんたちもどうぞ」
「うぅぅぅ。忝い。この恩は一生忘れないからな、ダンジ!」
 イーサンは泣いていた。泣いて焼きそばを口にした。
「うまーーーいっ!」
 姉弟だけあって、イリアのような反応だ。
「あああ、生きていて良かったー」
 鼻水まで流して焼きそばをかき込む。塩味がプラスされて、さらに美味しくなるかもしれない。

 弾路も箸で麺を摘まみ上げて食べる。弾路は箸だが、皆にはフォークを渡している。
「うん、美味しい」
 弾路には食べ慣れた味だ。
 ミッシェルも頬を緩めながら食べている。

「ダンジ。私にそれはないのか?」
「これは言わば賄い料理ですから、公爵様が食べるようなものではありませんよ」
「構わぬ。私にもそれをくれ」
(一袋数十円の安い麺なんだけど、いいのかな……)
 しょうがなく麺を皿に盛りつけて、イリアの前に置く。

「この香ばしくも酸味のあるソースが美味しいな」
 さすがは公爵。いいコメントだ。

「今日は馳走になったな、ダンジ」
「こんな家をいただいたのですから、そのお礼です公爵様」
「私のことはイリアと呼んでくれ。ダンジとは末永くつき合いたい(伴侶になってほしい)ぞ」
「名前で呼ぶなんて」
「私が構わんおと言っているのだ。さあ、呼んでくれ」
 名前で呼ばないほうが怖い。そんなイリアの目だ。

「い、イリア様」
「イリアだ」
「えぇ……」
「イリアと呼び捨てにしてくれ」
「(ゴクリッ)い、イリア……」
「うむ。これからは呼び捨てでいいぞ」
(ははは。ダンジと距離が近づいたぞ! これで伴侶になる日も近い!)
 呼び捨てしたくらいで結婚できるわけではないが、恋愛経験のないイリアはそう思い込んでいる。
 ダンジ包囲網(イリア、ビンセント、ミッシェルのトライアングル)は縮まりつつあった。と言っても、元々が富士山のような巨大な三角形(トライアングル)だったから、多少縮まっても大差はない。

(これは僕も応援したほうがいいのかな? そうか、姉上がダンジと結婚すれば、このような食事が毎日食べられるんだ! よし、僕も姉上を応援するぞ!)
 ダンジ包囲網に、また一つ勢力が加わった瞬間である。同時に公爵家のお家騒動が期せず未然に防がれたのであった。