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 001_召喚されて姫様が出て来たけど
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 陰キャという言葉を知っているだろうか。
 陰キャとは「陰気なキャラクター(陰気な性格の人)」という意味だ。簡単に言うと、社会性に乏しい人のことを指す。

 彼、壊瑠 弾路(かいる だんじ)は、懐瑠という非常に珍しい苗字をしていたことから、小、中、高と一二年間イジメられてきた。
 一二年間のあだ名は「カイル」である。苗字そのままのあだ名だ。
 純粋な日本人顔をしているのに、外人を思い起こさせる苗字のため揶揄われていた。
 子供によくあるちょっとしたことをしつこく揶揄い、それがイジメに繋がっていく典型的な例のような人生を弾路は送ってきたのだ。

 高校を卒業して金属加工会社───簡単に言うと町工場に就職した弾路は学生だった頃とはまったく違う人生を送った。
 自分よりも一回り以上上の年代しか居ない町工場では、若い弾路は可愛がられた。ちょっとの失敗でも先輩たちは間違いを正して、一緒になってリカバリーしてくれる。
 給料は安いが時間外手当もつくし、休日出勤は滅多にない。実家暮らしでネットゲーム以外に趣味のない弾路だが、学生の頃には味わえなかった精神的な余裕というものを感じていた。

「弾路君。K社のあれはどうなったかな?」
 頭が薄くなった小柄で丸眼鏡を鼻の先に乗せた七〇後半の社長が、伝票を見ながら弾路に声をかけた。
 もうすぐ八〇になろうかという年齢だが未だに現役の社長は、小柄であるが腕の筋肉などはそこら辺の若者では勝てないくらい盛り上がっている。
「K社のは終わってます。今はG社のをやってます」
 弾路は手を止めず、顔だけ社長に向けて応えた。
「そうか、助かるよ。しかし、弾路君が入社してもう一二年になるのか。最初は頼りない子だと思ったけど、一人前になったね」
 社長にとって弾路は可愛い社員であり、他の会社ならとくに定年になっているような先輩たちも弾路を孫のように可愛がった。
 入社当初の弾路はひょろっとした風体で、毎日筋肉痛に悩まされる日々だった。それがいつしか筋肉痛がなくなり、気づけば社長のような筋肉がついていた。
「社長が根気よく教えてくれたおかげです。感謝してます」
 町工場の社長は経営者というよりは職人である。大企業の下請けの下請け、さらに下請けなどをする弱小企業だが、社長以下社員一同の連帯はとても強固で技術力が高い。
 今もこの会社じゃなければという加工を行っている弾路だ。

 仕事が終わると、経理担当の社長夫人が給料明細を皆に手渡していく。今時は町工場でも給料は銀行振り込みで、もらうのは茶封筒に入った給料明細だけだ。
 給料日だけは残業はないから、サイクリングヘルメットを被って愛車(自転車)に跨った。
「お疲れ様でーす。お先にー」
「おーぅ、気をつけて帰れよー」
「弾路、事故るんじゃないぞー」
「はーい」

 先輩たちと気安く挨拶できるようにもなった。そんな弾路はもう三〇になる。
 アラサーの弾路に彼女はいない。学生時代にイジメられ続けた弾路は、同年代の女性を嫌悪してしまう。
 その点、ネットゲームはいい。相手の年齢は分からないし、性別も不明だ。ゲームのキャラクターが弾路に見える全てである。気安くパーティーを組んだり、気分が悪いことを言うキャラクターはブラックリストに入れることでシャットアウトできる。

「今日は給料日で金曜日だ。オールナイトだな」
 最近ハマっているのはサバゲーのSurrogate(サロゲート)Gun(ガン)Diver(ダイバー)、通称SGDを寝ずにプレイしようと思っている弾路は、お菓子を買いこもうとコンビニへ向かった。

 自転車にカギとチェーンをして、コンビニに入る弾路の前に三人の高校生が入って行く。三人はカラオケの話で盛り上がっていて、弾路など他の客の迷惑を気にしていない。
 弾路は顔を少し歪めた。学生時代の忌々しい記憶が脳裏に湧き上がってくる。
 頭を軽く振ってATMでお金を引き出して、いくつかのお菓子と炭酸飲料、さらに菓子パンをカゴに放り込んでいく。

「二四番を(ワン)カートンお願いします」
 社会人になって覚えたタバコの一〇個入りを店員に頼む。
 先輩たちは皆良い人だが、全員がヘビースモーカーという徹底ぶりだった。
 休憩室は分煙や禁煙などどこ吹く風で、休憩時間になると煙で凄いことになる。世間の風潮とは逆行することだが、弾路も必然的にタバコに手を出してしまったのだ。

 ジッポオイルも買い込み、商品はビニール袋に入れてもらった。
 コンビニを出るとポケットから残り数本になったタバコを出して、一本を咥える。
 ジッポの蓋を開けると、キィーンッと良い音がする。先輩からもらったものだが、ワシの柄が気に入って使っている。なんでも一〇〇〇個限定のビンテージものらしい。もらった当初はそんな良いものだとは知らなかった。

 シュポッ。
 タバコに火を点ける。
「ふー。今日も一日無事に終わったぁ」
 今日一日の疲れを煙と一緒に吐き出す。
 すぐにタバコは短くなり、携帯灰皿に吸い殻を捨てる。このコンビニには灰皿がない。
 自転車へと向かおうとすると、先ほどの高校生たちが出口から出て行くところだった。
 立ち止まって三人を先に行かせようとしたところで、それは起こった。

 眩暈がして無意識に目を閉じる。浮遊感を感じ、立っていられずに膝をつく。
 仕事終わりだから多少の疲れはあるが、最近はストレスから解放されて学生時代よりも体調は良かった。こんな眩暈を感じたのは初めてだ。
 気分が落ちつき、眩暈も収まった。目を開けて弾路は固まった。
「こ、ここは……?」
 やっとのことで出た言葉は、弾路の困惑度合いを表しているものだった。

 弾路は見知らぬ建物の中に居た。
 体育館のように広い建物は、総石造りで床などは大理石のような高そうなものだ。しかも、その床には妙な模様が描かれている。
「はぁ? ここはどこだ?」
「俺たち、コンビニに居たよな?」
「お前たちにもこの光景が見えているのか?」
 コンビニに居た三人の高校生たちが、困惑している。弾路もこの光景を見ているから、その困惑は理解できた。

 数度深呼吸をして、床に座りなおす。
 コンビニで買った品物が入ったビニール袋を手に持っていることから、コンビニに行ったのは間違いない。
(これはまさか……)
 弾路には思い当たることがある。
 正確にはそういったライトノベルの知識があった。

「勇者の皆様、ようこそおいでくださいました!」
 ザ・姫様と言った風貌の金髪ドリルの少女が現れた。
 姫様の護衛の騎士たちが物々しい鎧姿で展開している。
(やっぱり勇者召喚だ!)
「え、勇者は三人ではないのですか?」
 姫様は高校生たちと弾路を一人一人視線を向けた。
 弾路には分かった。笑顔の姫様だが、その目の奥に暗いものがあることが。嫌と言うほどイジメられた弾路だから感じられるものだ。