黒騎士というのは、いつからか囁かれるようになったルキウスの二つ名。
 自分でも、可愛くない言い方をしている自覚はある。
 けれどこの口の悪さは昔からの性格……というより、生まれ持った性質のようなもの。

 幼い頃からどうにも尖った言い方を治せず、同じ年ごろのご令嬢には避けられがちで。
 結局、デビュタントの当日も一人で過ごした。
 想定内とはいえ、全く期待をしていなかったのかと問われれば、素直に頷けない。

(そういえば、ルキウスにこの口の悪さで嫌な顔をされたことってないかも)

 まだ言葉がたどたどしい頃から一緒だったから?
 ううん、ならばそれこそ長年一緒だったのだから、そろそろ嫌気がさしているだろうに。
 けれども眼前のルキウスはやっぱりのんびりと笑みながら、腰元の剣をとんと叩き、

「心配ないよ。僕に可愛い婚約者がいるのは、周知の事実だし。文句があるのなら、いつでも相手してあげるしね」

「かわ……っ!? コホン。そ、そもそもとして隊員同士での揉め事自体、よろしくないのでは?」

「照れてるマリエッタも可愛いね」

「照れてなどいませんわ!」

 ルキウスは「そっかあ」とクスクス笑みながら、

「まあ、僕らにとって剣を交えることは、対話と同義だから。それに、僕ら遊撃隊は防策隊や看治隊と違って、いわば戦闘要員だからね。血気盛んな隊員が多いし、団長も承知の上だよ」

 あとね、とルキウスは少しだけ瞼を伏せて、

「いつどこに、"紫焔獣《しえんじゅう》"が現れるか分からないしね。自由が許されているうちに、好きなことをしなくちゃ」

 紫焔獣。それは、この国に昔から現れる幻獣のこと。
 名前の通り、紫の霧とも焔ともとれる熱をもった気体の集合体で、狼のごとく鋭利な牙と爪を持ち、熊のごとく巨大な体躯と怪力を備えている。彼らは人を襲うのだ。

 発生源は、淀んだ魔力。
 たいてい、浄化機能を失い汚れてしまった沼や湖などの水源が発生地になることが多い。
 それ故にルキウス率いる遊撃隊は定期的に国内の森を調査し、必要に応じて浄化作業を行っている。

 そして紫焔獣の発生時に応戦するのも、遊撃隊の役目。
 発生の報せがあれば、食事中であろうと就寝中であろうと、即座に向かわなければならない。

「……近頃は、落ち着いているようですわね」