それからというもの、シュエイインはどうしたらトオゥの気が引けるのかと、そんな事ばかりを考えていた。精気を分けてくれた優しい娘に、女の子にはどんな贈り物をすれば喜んで貰えるのか、もし貰ったとしたらどう言った物が嬉しいのかを何度も訊ねた。
ある時、裕福でも貧しくも無い娘からこう聞いた。女の子は花が好きな物だと。確かにきれいな物だと思ったシュエイインは、家の近くに咲いている季節の花を何本も摘んで花束にし、トオゥの元へと訪れた。
芳しい花を持って窓からはいってきたシュエイインに、トオゥは鋭い視線を投げる。
「あなた、また来たの?」
冷たささえ含んだその声色に、シュエイインは一瞬身を固めるが、なんとか持ってきた花束をトオゥに差し出して言う。
「初めて会ったあの時から、あなたのことが忘れられないんです。
僕のお嫁さんになって下さい」
トオゥはそっと手を伸ばして花束を受け取る。それを見てシュエイインは自分の申し出を受け入れてくれるのかと期待したが、返ってきた言葉はこうだ。
「悪いけど、私はあなたと一緒になる気は無いわ」
ぢっと自分を見て言われたその言葉は、シュエイインの心に突き刺さった。
「え……じゃあ、どうしたらお嫁さんになってくれる?」
「そもそも、私はあなたのことを全然知らないもの。お見合いというわけでも無いのに、知らない人と結婚なんて出来ない」
そう言われて、確かにそれはそうかもしれないと、シュエイインはしょんぼりとしてしまう。しかし、それならとトオゥにこう訊ねた。
「僕のことをもっと知ったら、お嫁さんになってくれる?」
その返しが意外だったのか、トオゥは驚いたような顔をする。戸惑った様子を見せて、トオゥは口を開く。
「確約も保証も出来ないけれど」
確約も保証も無い。そう言ってはいるけれど、シュエイインはそれでもトオゥのことを諦められそうに無い。
「そっか。じゃあ、また来るから」
そう言って、シュエイインは入ってきた窓から出ていく。今度はどんな贈り物を持ってこようかとか、そんな事を考えながら。
それからという物、シュエイインは家の近くにある人間の住む村で時折働いてお金を貯めながら、夜になると街に出て夢魔としての食事をするという生活をするようになった。働いて貯めたお金は、トオゥの元に訪れる時に持っていく贈り物を買うために使っている。
家の近くに生っている果物や木の実を持って行くことも勿論あるし、それをコンの指導の下にお菓子にして持って行くこともある。
いくらかお金が貯まれば、トオゥが好きそうな色鮮やかな布を買ってもって行ったりもした。
何度も何度もそんな日々を繰り返して、ある日、シュエイインは七宝の壺をトオゥの元へと持って行った。七宝の壺は、シュエイインにとって思い入れの深い物であったし、トオゥもこう言った物が好きなようなので、いつか必ず贈りたいと思っていた物なのだ。
この晩も、シュエイインはトオゥの部屋に窓から入り込む。トオゥももう、この事に慣れたようだった。
「こんばんわ。元気?」
にこやかに挨拶をするシュエイインに、トオゥは小さな杯にお茶を注いで差し出す。
「お茶くらいはあるわよ」
シュエイインはお茶を受け取り、トオゥの側に座る。お茶を飲み干してから。持っていた紙の包みをトオゥに差し出した。
「……また何か持ってきたのね」
「君の、好きそうな物を」
包みを受け取ったトオゥは、まったく期待などしていない様子だけれども、丁寧に包みを剥がしていく。それから、中から出てきた物を見て、冷ややかな視線をシュエイインに向けた。
「いつも思うのだけれど」
「うん、なに?」
「私の所に持ってくる贈り物、誰からの貢ぎ物なの?」
どうやら、トオゥは自分の所に持ち込まれる贈り物を、シュエイインが他の娘から巻き上げた貢ぎ物だと思っているようだった。今までそう思われていることに気づいていなかったけれども、シュエイインは困ったように笑って答える。
「うちの近所の村でたまに人間のお手伝いして、それで、ちょっとずつお金貯めて買ってるんだ」
その答えが予想外だったようで、トオゥは珍しく驚いたような顔をしている。シュエイインは更に続ける。
「あ、でも、果物とか木の実とか、そういうのやお菓子は弟に教えて貰いながら作ってるんだ。
えっと、お口に合わないかな?」
そこまで聞いたところで、トオゥは困惑の色を見せる。シュエイインがトオゥに向かって笑顔を見せる。
「それで、僕のお嫁さんになってくれる?」
その問いかけに、トオゥは首を振る。いつもはにべもなく否定の言葉を口にするのに、様子が少し違っていた。
シュエイインが少し泣きそうな顔をして訊ねる。
「僕はほんとうに、君のことが好きなんだ。だからねぇ、どうしたら僕のお嫁さんになってくれるか、教えてくれる?」
これで、どうしても嫌だと言われたらどうしようと不安になったけれど、トオゥは紙の包みから取り出した七宝の壺をぎゅうと抱きしめてこう答えた。
「日出ずる国の」
一旦言葉を切り、その声色はどことなく頼りない。
「日出ずる国で採れる、氷のような翡翠を持ってきたら、なっても構わないわよ」
日出ずる国、そこがあまりにも遠いところであると言うのがシュエイインにもわかるし、氷のような翡翠というのが存在するかもわからない。けれどもシュエイインはこう答えた。
「わかった。それを持ってくればお嫁さんになってくれるんだね。
それを取りに行くよ」
呆然とするトオゥに、シュエイインはにっこりと笑顔を向けた。
ある時、裕福でも貧しくも無い娘からこう聞いた。女の子は花が好きな物だと。確かにきれいな物だと思ったシュエイインは、家の近くに咲いている季節の花を何本も摘んで花束にし、トオゥの元へと訪れた。
芳しい花を持って窓からはいってきたシュエイインに、トオゥは鋭い視線を投げる。
「あなた、また来たの?」
冷たささえ含んだその声色に、シュエイインは一瞬身を固めるが、なんとか持ってきた花束をトオゥに差し出して言う。
「初めて会ったあの時から、あなたのことが忘れられないんです。
僕のお嫁さんになって下さい」
トオゥはそっと手を伸ばして花束を受け取る。それを見てシュエイインは自分の申し出を受け入れてくれるのかと期待したが、返ってきた言葉はこうだ。
「悪いけど、私はあなたと一緒になる気は無いわ」
ぢっと自分を見て言われたその言葉は、シュエイインの心に突き刺さった。
「え……じゃあ、どうしたらお嫁さんになってくれる?」
「そもそも、私はあなたのことを全然知らないもの。お見合いというわけでも無いのに、知らない人と結婚なんて出来ない」
そう言われて、確かにそれはそうかもしれないと、シュエイインはしょんぼりとしてしまう。しかし、それならとトオゥにこう訊ねた。
「僕のことをもっと知ったら、お嫁さんになってくれる?」
その返しが意外だったのか、トオゥは驚いたような顔をする。戸惑った様子を見せて、トオゥは口を開く。
「確約も保証も出来ないけれど」
確約も保証も無い。そう言ってはいるけれど、シュエイインはそれでもトオゥのことを諦められそうに無い。
「そっか。じゃあ、また来るから」
そう言って、シュエイインは入ってきた窓から出ていく。今度はどんな贈り物を持ってこようかとか、そんな事を考えながら。
それからという物、シュエイインは家の近くにある人間の住む村で時折働いてお金を貯めながら、夜になると街に出て夢魔としての食事をするという生活をするようになった。働いて貯めたお金は、トオゥの元に訪れる時に持っていく贈り物を買うために使っている。
家の近くに生っている果物や木の実を持って行くことも勿論あるし、それをコンの指導の下にお菓子にして持って行くこともある。
いくらかお金が貯まれば、トオゥが好きそうな色鮮やかな布を買ってもって行ったりもした。
何度も何度もそんな日々を繰り返して、ある日、シュエイインは七宝の壺をトオゥの元へと持って行った。七宝の壺は、シュエイインにとって思い入れの深い物であったし、トオゥもこう言った物が好きなようなので、いつか必ず贈りたいと思っていた物なのだ。
この晩も、シュエイインはトオゥの部屋に窓から入り込む。トオゥももう、この事に慣れたようだった。
「こんばんわ。元気?」
にこやかに挨拶をするシュエイインに、トオゥは小さな杯にお茶を注いで差し出す。
「お茶くらいはあるわよ」
シュエイインはお茶を受け取り、トオゥの側に座る。お茶を飲み干してから。持っていた紙の包みをトオゥに差し出した。
「……また何か持ってきたのね」
「君の、好きそうな物を」
包みを受け取ったトオゥは、まったく期待などしていない様子だけれども、丁寧に包みを剥がしていく。それから、中から出てきた物を見て、冷ややかな視線をシュエイインに向けた。
「いつも思うのだけれど」
「うん、なに?」
「私の所に持ってくる贈り物、誰からの貢ぎ物なの?」
どうやら、トオゥは自分の所に持ち込まれる贈り物を、シュエイインが他の娘から巻き上げた貢ぎ物だと思っているようだった。今までそう思われていることに気づいていなかったけれども、シュエイインは困ったように笑って答える。
「うちの近所の村でたまに人間のお手伝いして、それで、ちょっとずつお金貯めて買ってるんだ」
その答えが予想外だったようで、トオゥは珍しく驚いたような顔をしている。シュエイインは更に続ける。
「あ、でも、果物とか木の実とか、そういうのやお菓子は弟に教えて貰いながら作ってるんだ。
えっと、お口に合わないかな?」
そこまで聞いたところで、トオゥは困惑の色を見せる。シュエイインがトオゥに向かって笑顔を見せる。
「それで、僕のお嫁さんになってくれる?」
その問いかけに、トオゥは首を振る。いつもはにべもなく否定の言葉を口にするのに、様子が少し違っていた。
シュエイインが少し泣きそうな顔をして訊ねる。
「僕はほんとうに、君のことが好きなんだ。だからねぇ、どうしたら僕のお嫁さんになってくれるか、教えてくれる?」
これで、どうしても嫌だと言われたらどうしようと不安になったけれど、トオゥは紙の包みから取り出した七宝の壺をぎゅうと抱きしめてこう答えた。
「日出ずる国の」
一旦言葉を切り、その声色はどことなく頼りない。
「日出ずる国で採れる、氷のような翡翠を持ってきたら、なっても構わないわよ」
日出ずる国、そこがあまりにも遠いところであると言うのがシュエイインにもわかるし、氷のような翡翠というのが存在するかもわからない。けれどもシュエイインはこう答えた。
「わかった。それを持ってくればお嫁さんになってくれるんだね。
それを取りに行くよ」
呆然とするトオゥに、シュエイインはにっこりと笑顔を向けた。