__何、今の。

抑えていたはずの僕の息が、手元から漏れ出るほど乱れ始める。

__何なんだよ。

口元を抑えつけていると、今度は鼻息が荒くなる。
シューシューと漏れ出す鼻息がうるさすぎて、鼻までふさいだ。
すると今度は息ができなくなる。
目元がじんわりと熱くなってくる。
その熱の中に、先ほどの光景がボヤッと映る。

階段にいたのが誰だったかなんて、何をしていたかなんて、思い出したくなくて、僕はぎゅっと目を閉じた。

しばらくすると、ゆっくりと足音が遠ざかっていくのが聞こえた。
僕はそっと階段を覗き見た。
そこにはもう、誰もいなかった。

僕はその場に、ずるずると壁伝いに足から崩れ落ちた。
「ふふっ」と僕の口から不敵な笑いが漏れた。

なにドキドキしてんだよ。
あんなん、普通じゃん。
付き合ってるんだもん。
だって、坂井さんは、あいつの彼女なんだから。
あいつは坂井さんの、彼氏なんだから。

僕はようやく口元から手を離せた。
手のひらは、ものすごく湿っていた。
汗と、呼気と、あとは何だろう。
こんなに湿る?

その手のひらを、ぐっと握った。
思い切り力をこめた。
手のひらに、爪がぐっと食い込む。
そのこぶしを額に当てて、僕は目を閉じた。

__でも、学校では、なしだろ。

「はあ」っと、長めの息が廊下の奥の方にまで充満していく。