「ありがとな、貴重な夏休みに三日間も」
「ちゃんと約束守れよ」
「何だっけ?」
「家庭教師」
「わかってるよ」

何が面白いんだか、あいつはくすくすと静かに笑う。
あいつはこうやって、いつも僕をからかうんだ。

「お前は余裕だな。バイトばっかりしてて、勉強してんのか?」
「嗚呼、俺もとうとう園田に心配されるようになってしまったか」

嘆くようなあいつの声と表情に、僕は心配して損したと思った。
ヤケになった僕は、綿あめの甘ったるさをコーヒーで流しこむ。

「俺さあ……」 

しばらくしてから、あいつはいつものように、何でもない顔をして話しだした。
いつもの、穏やかな声と、落ち着いた口調で。

「俺さあ、留学しようと思うんだよね」

綿あめの柔らかな感触に埋めた口から、「へ?」と相槌がひっくり返って出てきた。
疲れているからか、その意味が上手く理解できなかった。
ちびちびと口先で綿あめをとかしながら、とりあえず、「ふーん、そうなんだあ」と何でもない顔をして答えておく。

別に驚くことではない。
国際社会が謳われる昨今、留学なんて選択肢は当然ありえる。
進路候補になるかと言ったら、僕の場合はならないけど。
それは、あいつだって、同じじゃないか。
僕たち普通の、どちらかというと地味な男子高校生に、そんなかっこいい選択肢、あるわけないじゃん。
高校だって普通の進学校だよ。
インターナショナルスクールでもない。
そしてあいつは、英語が苦手だ。
勉強ができる前提の「苦手」だけど。
そんな男が、留学なんて進路を選ぶだろうか。