何のタネも仕掛けにも出会うことのないまま、私たちはずんずん進んだ。
時々、ここではきっと何かが起きるであろう少し広めの空間が現れるけど、もちろん今日は何も起こらない。
いくつかのスペースを素通りして、そろそろこの狭い教室を一周した頃、勝見君はぴたりと止まった。

目の前には、誰もが一度は目にしたことがある形の、大きな棺が現れた。
人一人分入れそうなその棺には、トレードマークである十字架が張り付けられている。
勝見君のスマホのライトに照らされて、銀紙で作られた十字架は鈍く光っていた。

「俺、ドラキュラやるんだ」
「へえ。勝見君、お化け役するんだ」

意外だ。
めんどくさいとか言って、テキトーに他の簡単そうな役回りをしそうなのに。

「グループで一人一回、お化け役が回ってくるから」
「じゃあ私、勝見君がドラキュラやってるときに行こうかな。勝見君が気合入れて文化祭に参加する姿なんて貴重だし。しかもそれがお化け役って。見る価値ありだね。由美が喜びそう」
「俺、見せ物じゃないんだけど」
「でも、ずっとこの中入ってるのって、大変じゃない?中、真っ暗でしょ? 暑そうだし」
「ずっと入ってるわけじゃないよ。無線持ってて、お客さんが近くまで来たら中に入る。それで通りがかったら……」

勝見君はそう言いながら私に背を向けて、棺に近づいていく。
勝見君の次の言葉を待って様子をうかがっていると、

「……うわっ」
「きゃあああああ」

その声がほぼ同時に重なった。
その叫びは教室の壁を飛び越えてと廊下にまで響き渡ったのが、かすかな残響でわかった。