私の頭を抱える勝見君の腕に、さらに力がこもった。
その瞬間、耳のすぐそばで、甘い吐息に襲われる。

「好き」

耳の骨格を、勝見君の唇がかすめていく。
恥ずかしいくらいに体がびくりと反応した。
くすぐったくて、ぞくぞくとして、しびれる。
全身の血液が顔に一気に集まってきて、きつく腰に巻き付けた腕の力も、地についた足の感覚も奪われていく。

__もっと、言って。

勝見君の胸に顔を埋めてそう願った。

だけどそんな私の願いはひらりとかわされて、無情にも唇は耳から離れていく。
「坂井さんは、いつが空いてる?」
「えっと、一日目はずっと販売とか調理の担当に入ってるから、抜けるの難しいんだけど、二日目はずっと自由だから、二日目でもいいかな?」
「うん、俺も担当あるけど、テキトーに抜けるし。俺がいなくても、何とかなるだろうし」
「出た。いないのにいるふり」
「何それ」
「勝見君の得意技」
「そんな技あったかな?」

くすくすと笑い合う声が、階段の壁にぶつかって跳ね返ってくる。
勝見君は私の手をもう一度握り直して、階段を上り始める。
私もその後を追う。
ドキドキと胸を鳴らしながら。

__「好き」

先ほど言われたばかりのそのたった二文字が、頭から、耳から、全身から、離れない。
ふと視線を上げると、華奢だけど、頼もしい背中が見える。
その背中に甘えたくなる。
震える指先が、残りの力をすべて振り絞って、勝見君の手を握り返す。

__この手から、離れたくない。