そしてこれは大きな声では言えないけど、僕は英語の勉強を始めた。
広瀬の誘いじゃない。
自らの意思だ。
目的は、特にない。
留学なんてしない。
仕事でも使わない。
海外勤務の予定もない。
大きな声で言えない理由は、僕が通う先が、有名英会話教室でなく、あいつがバイトをしていた、あの語学カフェだからだ。

高校を卒業した春休みから通っているから、かれこれ九年。
なんだろう、なぜか、負けたくないと思った。
何と勝負しているのか、自分でもわからない。
いや、本当は、わかってる。

とりあえず、あいつのいなくなったこのカフェに、僕はたった一人で乗り込んだ。それだけで、大きな一歩を踏み出せたような気がした。
とはいっても、僕は一度臨時で縁日イベントの手伝いをしたこともあって、店長が僕のことを覚えていてくれたから、僕はその場に温かく迎え入れられた。
念のため、「勝見には内緒で」と店長には話してある。
店長は理由を聞いたりすることもせず、個人情報を遵守してくれている。
だから僕は、今も通い続けられる。

講義が終わった夕方ごろ、ちょうどあいつがバイトしていたぐらいの時間に、僕はその扉をそっと開ける。

__「よお、園田」

そんな声はもう聞こえてこない。
僕は切なさと一緒に、その扉をくぐる。

そこで身に着けた英会話力はと言ったら、今のところ、うん、まあ……ソーソー……かな。