広瀬と別れた後、俺はこれからの仕事先となる語学カフェに向かった。
帰国するたびに立ち寄っているので、懐かしさは感じない。
店長とはオンラインで何度か打ち合わせをするたびに顔も合わせている。
それなのに、店長は「懐かしい」と言って、毎回瞳を潤ませる。
「勝見君、戻ってくるんだね。ほんと心強いよ。たくましくなったね。昔から頼もしい存在だとは思っていたけど。ほんと、君が店長とか代表とかになればいいのに」
「いや、店長は店長だし。それに、俺はそういうガラじゃないし」
「そうかなあ」なんて、店長はちょっと照れた仕草をしながら俺から視線を逸らす。
そんな店長をほほえましく見届けて、挨拶もそこそこにカフェを出ようとした。
「あ、そうだ、勝見君。春から新入社員が入るから」
「新入社員? バイトじゃなくて?」
「ほら、日本語教える人も欲しいねって話、出てたじゃん。事業拡大的な?」
「ああ……そんな話、ありましたね」
「ちょうどいい子がいてね。その子がさあ……」
「いいですよ。採用は店長にお任せします。俺、バイトだし」
「ああ……うん、じゃあ、春からよろしくね。その子、もうすぐここに来るんだけどよかったら挨拶……」
「すみません、ちょっとこの後用事があって……。また今度」
そう言い残して、俺はカフェを後にした。
外に出ると、街中のイルミネーションの明かりが温かく俺を迎えた。
ただ視界に温かさを感じるだけで、体感はやっぱり寒い。
俺はコートのポケットに手を突っ込んだ。
指先に、滑らかな質感の小箱がこつんとぶつかった。
これから目指す先は、もうポストじゃない。
今年目指すのは、細くて冷たい、左手の薬指。
そこに通すのは、もうキーホルダーのリングじゃない。
自信ならある。
自信しかない。
だって、直感だから。
今日君と恋する、直感。