あんなに偉そうなことを言っといて、結局俺は、坂井さんの一目ぼれの恋を成就させられずじまいのようだ。
そして、「一目ぼれの恋は上手くいかない」経験を、思い出を、また坂井さんに刻み付けた最悪の彼氏になってしまったようだ。
彼氏になれば、何だってできると思ったのに。
好きな人に、思いのままに気持ちを伝えることも、触れたいときに触れることも。
彼女の声を間近で聞くことも、誰も知らない彼女を知ることも。
そんな彼女を独占することも。
そして、彼女の願いを叶えることも、彼女を守ることも。
俺はそのどれもできなかった。
そのどれも、できていなかった。
そしてこれからも、できない。
淡い思い出は、思い出すほどに色あせていくようだった。
握った手の感触が、するすると零れ落ちていく。
柔らかくぶつかる唇の衝撃が、思い出せなくなる。
手を伸ばせばすぐそこにあったはずの愛おしい存在が、思い出の中からも消えてしまいそうだ。
思い出話をすればまた鮮明に浮かび上がってきそうなのに、そうすることももう許されない。
抱きしめることも、笑いあうことも、約束も、もうできない。