「理由なんて、ないよ」

坂井さんはゆっくりと話し出した。

「理由はないけど、好きなんだよ。あの日、なんとなく勝見君の後ろ姿が気になって、声をかけて、目が合って、その瞬間から、好きだなって思ったから」
「あの日?」
「二学期の始業式。夏休み明け最初のテストがあったでしょ? あの時」

それが、坂井さんが、俺に一目ぼれした日。

あの日のことを、俺は思い出していた。
忘れるはずもなかった。
後ろから突然声をかけられて、俺のカッターシャツの折れ曲がった襟を直してくれた。
あの日、あの時だ。