「あ、じゃあ、俺バイトあるから行くね。気を付けてね」

勝見君がそう言ったのを合図に、自転車はゆっくりと動き出し、すいーっと私たちから離れていく。
その後ろ姿を、私はぼんやりと見送った。
その背中が校門の向こう側に消えた時、由美の声が聞こえた。

「勝見君ってバイトしてるんだあ。受験生なのに」
「うん」
「うんって……大丈夫なの? あかりと同じとこ受けるんだよね?」
「勝見君は私と違って、合格圏内だから。成績も落ちてないし」
「へえ、すっごいなあ、勝見君は」

そうだよ。
すごいんだよ、勝見君は。
勉強もできてスポーツ万能で、バイトもしてて……。

そんなすごい人の彼女が私でいいのだろうかと、時々ふと思う。
何でもそつなくこなす勝見君に対して、私は何もかも不器用だ。
すごいけど目立たない勝見君と、何のとりえもないから目立たない私。
釣り合っているようで、全然釣り合わない。
これで勝見君がイケメンで学校一の人気者になってしまったら、勝見君の隣に私の居場所はない。

二年生まではよかった。
同じクラスにいた分、勝見君のことをたくさん知れた。
だって一日中勝見君を見ていられたんだから。

授業中はノートを一切取らないこと。
考えるときはこめかみに人差し指を置くこと。
絵が下手なこと。
数学が得意というより好きだということ。
「何となく……」が口癖なこと。
笑うと目尻が下がって、八重歯が見えること。
ぼーっとしながらリフティングをするのが好きなこと。
ぼーっとすることで直感を磨いていること。
何でも直感で決めること。
直感に自信があること。

そうやって、毎日新しい勝見君の一面を知れることが嬉しかったし楽しかったし、ドキドキした。
それだけで安心だったし満足だった。
帰ってから連絡を頻繁に取り合わなくても、土日にバイトや部活で会えなくても、一緒に帰れなくても、不安に思うことはなかった。

ああ、勝見君は頑張ってる。
すごいなあ。
そんな風に、呑気で穏やかな気持ちでいられた。