「あはは、そうだよね。もう、変に意識しちゃったじゃん。気を付けてよ」

「ははは」と笑いながら、坂井さんは僕の肩をぺしぺしっと軽くたたく。
その甘い刺激に、心地よさを感じる。

「あ、うん。ごめん。気を付け……」

そこまで言って、僕の言葉が途切れた。


__今、なんて言った?


冗談交じりの言葉の中から、僕は胸に引っかかった言葉をすくいあげる。


__意識、しちゃった?


僕はゆっくりと彼女の方を見た。
そんな僕に気づいた彼女は、笑うのをやめて、きょとんとした目で、僕を見つめる。

冗談だよ。
ジョークだよ。
なに真に受けてんだよ。
なに本気にしてんだよ。
ありえないでしょ、意識なんて。
だって僕は、あいつの、友達なんだから。
坂井さんにとって僕は、彼氏の友達、なんだから。

そう自分に言い聞かせた。
それなのに、何重にも蓋をしたはずの密かな思いが、カタカタと音を立てて胸を突いてあふれ出てくる。


__意識、して。


「……え?」

彼女の小さく驚いた声と表情に、僕も思わず「え?」と問い返す。

__……え?

みるみるうちに顔が熱くなってくるのを感じて、僕は咄嗟に自分の口元を手で押さえた。
先ほどまで声帯が震えていた感触が、まだ残っている。

「あの、これは……」そう言いかけた時だった。

ガラガラガラッと進路指導室の扉が勢いよく開いた。

「おお、園田。早いなあ。まだ時間じゃないのに。ちょっと職員室行ってくるから中に入って待ってろ。坂井も気をつけて帰れよ」

先生はそれだけ言い残して、すたすたと去っていく。
僕たち二人を、その場に残して。

「あ、じゃあ園田君、進路指導頑張ってね」

坂井さんは僕と視線を合わせることなくたどたどしくそう言うと、早足で僕のもとから去っていく。
その姿が階段の向こうに消えていくのを見送って、僕はその場にぺたんと座り込んだ。