「騙す? 妄想? 君は、俺と俺の番をそんな風に思っているのか?」

その声に、美雪は目を見開いた。

「翠翔さ……」

「……き、希龍様!?」

それまで、ずっと黙っていた父が驚いたような口を開いた。

「お久しぶりですね。桜井さん」

──えっ。お父さんと知り合いだったの?

父は、ビクッと体を震わせ、引きつった笑みを浮かべた。

「お、お久しぶりです。希龍様……。なぜ、うちの娘と……」

「この間の商談は、とても素晴らしかったですね」

翠翔は父の言葉を(さえぎ)った。

「え? ああ、そうです、ね……」

翠翔は笑顔を浮かべていたが、その目は笑っておらず、強い怒りを(はら)んでいた。

父は───いや、美雪以外の全員が翠翔に恐怖を感じていた。

「桜井さんの家は、ご家族皆さんとても仲がいいとお聞きしたんですが……。どうやら、違ったようですね」

翠翔が父の方に少しずつ近寄る。


ふと部屋の中が暗くなった気がして、ちらっと外を見ると、先程まで晴天だったはずの空は、段々と曇り始めた。

「そ、それ、は……」

父の顔色はまるで、死人のように青白かった。

「美雪。おいで」

「は、はい」

先程の低く恐ろしい声色とは違って、美雪に対してはとても優しく、甘い声をだして微笑んだ。

「先に車に乗っていてくれ」

「え? で、でも……」

ちらりと横目で、家族の方を見る。

「大丈夫だ。すぐに行く」

「……わ、分かりました」

少し心配な気持ちがあったが、翠翔の言葉を信じることにして、車に乗った。

───大丈夫かな……。