高校生になって、遠くの学校に通うようになり、自然と神社から足は遠のいた。
 友達とつるんで遅くまで遊んで、告白されてカノジョができた。カノジョは俺の手を拒絶したりしない。手を繋いで歩いて、あちこちに出かけた。
 よく動く唇で、カノジョはしゃべる。どこか小夜子に似た顔立ちの、黒い髪のクラスメイト。カノジョの白い頬はとても柔らかそうだった。
「どうしたの?」
 学校の帰り道だった。驚いた顔が言う。気づいたら頬に触れていた。暖かい。
 でも、小夜子はもっと白いな。とか、グロスなんかなくたって赤い唇だなとか考えてしまう。
 小夜子の頬は暖かいだろうか。冷たいだろうか。
「何でもない」
 カノジョは少しだけ恥ずかしそうにしながら、俺の腕に手を絡めてくる。俺は目を閉じて、カノジョにキスをする。
 柔らかい、暖かい唇。

 小夜子。
 白い頬は、暗い世界で明かりのようだった。
 淡々と動く赤い唇。俺を見る黒い大きな瞳。
 小夜子。あんな女を、他に知らない。
「だから言っているだろう」
 小夜子があきれて言ったのを思い出す。
「私は人間ではない。お前の住まう世の者ではないからだ。当たり前ではないか」
 お前はそんなに物覚えの悪い子供だったか、と。
「子供じゃない」
 俺は、子供じゃない。

 唇を離すと、間近でカノジョと目があった。少し恥ずかしそうに笑う目と。
 ――違う、この目じゃない。
 小夜子は、こんな風に俺を見ない。
 もっと冷たくて。――もっと切実だった。
 そうだ。あの大きな黒い目は、どこか切実に俺を見た。 
 触るな、と。強く言ったのは、拒絶したのは、何故だったか。
「ごめん」
 俺の唐突な言葉に、カノジョが「え」と小さな声を上げる。驚いて、すぐに傷ついた顔になった。俺はそれを見なかったふりで、カノジョを離す。
「用事思い出した」
 後も見ずに駆けだした。

「小夜子!」
 もうあたりは暗い。俺はためらいもなく注連縄をくぐった。
「小夜子、いるのか!」
 山から見える町の明かりが消えない。夜空の瞬きも。
 小夜子の髪紐を握りしめて、俺は夜の山の中を駆けた。
「うるさい奴だな」
 ふいにあたりの闇が濃くなった。満天の星が、塗りつぶされていった。鬱蒼とした木の色が、影におおわれて濃くなる。