暗い中、あちらこちらで灯る橙の小さな明かりを頼りに、小走りに追いかける。お姉さんは、黒い髪を揺らして振り返った。何事か、と長い睫が瞬く。
「あんたは何なの。やっぱり鬼なのか」
 普通にしゃべってる、そこにいて、歩いている。普通の人に見える。
「鬼ではない。だが、お前たちとは別の者だ」
「どういうことなんだよ」
 お姉さんは面倒になったのか、それ以上答えてくれなかった。
「送ってやるから、さっさと帰れ」
 お姉さんはぼくに手を出した。どういうことなんだ、触ったら帰れなくなると言ったのに。思ってから、ぼくは手にあの髪紐を握りしめていたのに気づいた。
 紐を目の位置にまで持ち上げてから、下に垂らす。お姉さんの白い指が伸びてきて、蝶みたいにひらめいた。紐の端を掴まえてから、この前にみたい歩き出した。
 ――やっぱり、犬の散歩みたい。
 ぼくは大人しく後ろをついて歩く。
 帰ったらまた三日経ってるかも知れない。もっとかも知れない。今度はものすごく怒られるかも知れない。もっと友達がいなくなるかもしれない。
 そう思ったけど、なんだかもうどうでも良かった。目の前を揺れる黒い髪を眺めて、ぼくはただ歩く。
 お姉さんは、ちらりと振り返った。
「小夜子」
「え、――何?」
 唐突に言われて、ぼくは思わず聞き返した。
「小夜子。私の名だ」
 気がつくとぼくはまた、神社の鳥居の下に立っていた。
 まだ空に紫が残った夕暮れで、異界に迷い込んでから、ほんの数分しか経っていなかった。時の流れが違うというのは、本当だった。

 俺は中学生になっても、何度も小夜子に会いに行った。
 ふいに数日いなくなったりする俺に、親は怒り、悲しんだ。だけど俺は、怒鳴られようと殴られようと、悪いとは思わなかった。最初に異界に迷い込んだ後、親は過保護になったり俺を締め付けたりしたけど、ひとりぼっちなのを救ってはくれなかったから。
 もう誰に何を言われたって、どうでも良かった。俺には、小夜子がいた。
 小夜子は、何度会っても同じ姿だった。小学生の俺には大きいお姉さんに見えたけど、いつの間にか俺は小夜子と同じくらいの背丈になっていた。
 小夜子が「おかしな輩」といった奴らにも、何度か出くわした。俺を取って食おうとする奴もいた。