途端に爪先から震えがのぼってくる。進むうち、空は紫色になる。空には白い月が見える。少しずつ灯る町の明かりが、重なる葉っぱの向こうに見える。
 夕暮れからずっと歩いて歩き続けて、疲れて座り込む。あのときは、こんなに明るくなかった。それにもし、あの暗闇の中に行けたとして。ぼくは、あのお姉さんにもう一度会える保証なんて、どこにもないことに気がついた。
 やっぱり、あれは夢だったんだろうか。ぼくはこの山でうたた寝をして、夢を見ていたのだろうか。
 疲れてしまって、木の根元に座り込んだ。そのまま、うとうと眠り込んでいた。

「お前は、おかしな子だな」
 それは不意に聞こえた。夢の中で闇の世界をさまよっていたぼくは、声に誘われて目を覚ます。
 目を開いても、そこは暗い夜の世界だった。夜よりも暗い世界。だけどこの間と違って、橙色の小さな明かりが、あちこちに灯っていた。お祭りみたいな、灯籠の明かりだ。
「異界にまぎれ込みやすいたちなのか」
 お姉さんが目の前に立っていた。赤い着物に、白い頬に、さらさらと肩を流れる黒い髪。
 優しい声でも言葉でもなかった。その目は、冷ややかにぼくを見ていた。でもぼくは、会えたことに、ほっとした。
 それがなんだか恥ずかしくて、ぼくは立ち上がる。
「ぼくはおかしな子なんかじゃない。ねえ、ぼく明皓(あきひろ)って言うんだ」
 名乗ったぼくに、お姉さんはあきれた声を出した。
「私の他に、この地で気軽に名を教えるな。おかしな輩もいるからな」
 せっかく名乗ったのに怒られて、ぼくはむくれた。
 私の他に、なんて。――あんたならいいのか。なんでなんだ、と思った。
「ねえ、あんたは何年生なんだよ。なんでいつもこんなところにいるんだ」
 お姉さんは答えなかった。くるりと背中を向けて、どこかへ歩き出した。待って、とぼくは慌てて追いかける。手を掴みそうになって、慌てて引っ込めた。――触るの、嫌がられたんだった。
「この間ここに来た後、三日も経ってたんだ。あんた何かしたのか」
「ここは外とは時の流れが違う。ゆるやかだったり、早まったり」
 そんなのおかしい。そんなの嘘だ。と思ったけど、あの後、三日も経っていたのは本当の事だった。
「ねえ」