それは嫌だ。絶対にいやだった。でも、今もとにかく恐くて寂しくて、不安だった。
「連れて行ってやると言ってるだろう。さっさと来い」
 拒絶された手を拳に握りしめて、歯を食いしばって涙をこらえるぼくに、おねえさんはため息をつく。
「仕方ないな」
 つぶやいて、髪を結んでいた紐をほどいた。
「ほら、これに掴まれ。そうしたらはぐれないだろう」
 ぼくは命綱につかまるように、その紐を両手で握りしめた。絶対に離さないように、強く。
 お姉さんはまた背中を向けて、ゆっくりと歩き出す。ぼくは転んだりしないように、お姉さんに触らないように、気をつけてその後ろをついて行く。
 なんだか、犬の散歩みたいだと思った。
「帰れなくなったらどうなるんだよ」
「帰れなくなると言うことは、帰れなくなるんだ」
 前を向いたままで声だけ返ってくる。どうなるのか知りたかったのに、変な答えだった。
「ここに住むのか?」
「おかしなことを言う奴だな」
 ちらりと振り返り、見下ろす目が、黒くてきれいだった。ここに星はないけど、夜空みたいな目だった。お姉さんが首をかたむけると、黒い髪が闇の中にさらさらと流れた。
「ここには日が昇らぬ。常しえの夜の世界だ。異界に人間がなじめるか」

 気がつくとぼくは、神社の鳥居の前に立っていた。
 外は街灯の明かりでいっぱいで、空は月と星の明かりで、藍色だった。暗いけれど、何も輝かないような世界とは、全然別のものだった。
 ひとりぼっちだったのに、あの暗い世界にいたときより、少しも恐くなかった。風は冷たくても、心まで凍えるほどじゃなかった。
 ぼくは神社を振り返る。その後ろにそびえる山を。そしてぼくは、逃げるように走り出した。
 家に帰ると、びっくりした顔でお母さんが叫んだ。泣きはらして真っ赤な目をしていた。
「三日もどこにいたの!」
 叫んでぼくを抱きしめる。
 ぼくがいなかったのなんて、夕日が落ちて真夜中までの間だったはずなのに。
 太陽が昇るのなんて見ていない。それなのに、お母さんの言うとおりだった。楽しみにしていたアニメも見逃して、あのかくれんぼの日から、三日も経っていた。
「神社の山にいたよ。帰れなくなったんだ」
「ずっとひとりでそこにいたの?」