「誰?」と、呟く彼へ私は答えず、その腕をぐいっと掴み、
「支えますから、立って下さい」
とだけ、告げる。
誰かなんて、きっと反射的に出た言葉だろうし、答える必要は無いと判断した。こんな時の名前のやり取りは意味が無い。
「適当な所まで送ります。えっと…ご自宅はどちらで?」
そう言って彼を見ると、不思議そうにこちらを見る彼と目が合った。怪訝そうに、彼は私を眺めている。
「…いくつ?」
「はい?」
「歳」
「あー、19です」
「へぇ!若いのにしっかりしてるねぇ」
「いえ。で、あの…」
「あーはいはい、家ね、家!この通りの先」
その人は重そうに腕を上げると先を指差して、ダラリと私にもたれ掛かったまま歩き始めようとする。それに合わせて私も足を踏み出した。
思ったよりもこの人は話しが出来ている。電柱にぶつかった時はどうしようかと思ったけど、この様子なら何とかなりそうだと、とりあえず一安心。
良かったとホッとした所で、頭から一瞬除外されていた例の件が、再び合間を縫って顔を出した。
この人の家がこの通りの先って事は、今日はいつもの階段を通らないって事だよね。会って確認しようと思ったのに…今日は無理そうだなぁ。
次に会えるのはいつになるんだろう。
仕方がないと今は気持ちを切り替えて、また次回までこの気持ちを持ち越す事にした。