あめさんは、依然として黙ったままだ。どうしようどうしよう、と俯きながら次の言葉を必死で探す中、静まりかえった辺りに響いたのは、小さな声だった。


「でも、勝手に帰っちゃったじゃん」


……え?


私はハッと隣へ向き直る。すると、こちらに向かって注がれる、なんだか不満気な視線。


「あの日、何も言わないで帰ったくせに」


そう言った彼は、怒っているようにも、悲しんでいるようにも私には見えた。あの日…あの日っていうのは、まさか、


「それって、もしかしてミトさんの、」

「気付いたら居ねぇんだもん」


正解である。被せるように返ってきたのは、送って貰った日、起こさないで帰った事が嫌だったという答えだった。なんだ、そんな事かと、ひっそりと胸を撫で下ろす。


「だってあめさんがすっごい爆睡だったから、起こしたら悪いかなと思いまして」

「なんで?ミトにはしたくせに」

「そりゃあ、ミトさんは起きてましたし、送って貰った礼儀として…」

「……」

「嘘、ごめんなさい。次から絶対声掛けます。挨拶して帰ります。以後気をつけます」


無言のプレッシャーに負けて、私はごめんなさいをする事になった。

あの時の気遣いはいらなかったらしい。こんな些細な事が不機嫌の元だったのかと思うと、これからもちょっとした事でも気を配っていかなければならないと、心に刻んだ。そんな彼がやっぱり可愛い。


「以後気をつけるように」


ちょっとだけ機嫌が戻ったあめさんは、やっぱり可愛い。