ミトさんの車の中で聞いたあの曲は、今、どこへ行っても耳にするくらい、街のあちこちで流れている。
ミトさんの言った通り、『海外仕込みの本格派アーティスト』という肩書きを背負ったその人物は、まだテレビ出演はしていない。
名前もたった一文字、『A』としか公表していない事などから、様々な憶測が飛び交い、『謎が謎をよぶ人物』なんて言われていて、まだ誰もハッキリとした事は知らないらしい。
ただ、彼の曲の魅力、演奏の技術、センス、歌唱力、どれをとっても高いものだという事を、誰かが言っているのを聞いた。詳しい事は分からないけれど、分かる人がそう言うなら、きっとそうなのだろう。
ちなみに、ユイもすっかり虜になっている。
バイトを終え、私は外に出て、階段を降りた。
無意識に捜すのは、あの姿。
遠くからでもすぐに分かる、あの懐かしい、彼の――…
「……え?」
目に入ったのは、向かいの店の前に立つ人影。
私は見えた瞬間確信して、足は自然と動き出す。
知ってる。私はこの人を知っている。
忘れるはずがない。
「…雨宿りですか?」
そう尋ねた私に、ニッコリ微笑んで見せた彼。
「傘が無いんだ――入れてくれる?」
そう言って、優しく私を抱きしめた。
あめの日 完