ポカンとした顔をする彼を前に、私は冷静さを取り戻し、羞恥の海に飛び込む事になるが、その間、彼の方では頭の中の整理がついたらしい。


「俺の名前?」


クスクス笑いながら尋ねてくる彼に、渋々「はい…」と返事をする。本当はもっと可愛く尋ねてみたかったものだ。とっても知りたくて、ずっと気になっていたのだから。


「…そんなに知りたい?」

「知りたいです…」


正直懇願である。すると彼はニヤリと笑うと、大きく一歩私に近付いた。もしかして!と、期待が高まる中、耳元に寄せられた唇から、


「そう簡単には教えてあげない」


やけに色っぽい声での拒否の言葉が、耳から脳の隅々を駆け巡り、通り過ぎていった。


「ちょ、まっ、えぇ?!」


反射で仰け反った後、一歩大きく下がる。この距離は耐えられない、命に関わるので!もう声がひっくり返った事も気にならないくらいにパニックである。

なんかもう、そんなの、無理!!


「ズ、ズルイですよ!」

「ズルイー?」

「なんか誤魔化してる!」

「えー?」

「それに私の名前は知ってるのに!」

「だって自分で言ったんじゃん?」

「なっ、そ、そうですけど!でもそれはあなたが傘の子って!」

「傘の子が嫌だったのはそっちだし」

「じゃ、じゃあ教えてくれないなら私も、あなたの事変な名前つけますからね!」

「へぇ。そりゃあ楽しみ!」

「!良いんですか?変ですよ?変なんですよ!」

「うん。例えば?」

「え!えっと、た、例えば…あ、あめとか!」

「…あめ?」

「そ、そうですよ!雨ですよ雨!」

「空の雨?」

「そうです!出会った時の、雨に困った人の気持ちを込めて!」

「お、いいねぇ」

「!」