もう一度、綺麗な彼に出会えたあの素敵な夜。その日の事を何度も思い返しては、私は思い出に浸った。

ハルキです、と名乗って、名前を呼んで貰えた事はすごく嬉しかったし、本当によくやった私!と自分を褒めたりしたけれど…一つ。そこで大変な事実に気がつく。

そういえば私、あの人の名前聞いてない…!


折角の機会だったのに勿体ない事をしたと、本当に、本当に、とっても後悔した。

だから、次こそは!と心に決めて、バイト帰りはいつも気合いを入れて歩くようになった。鼻唄だって歌わない。特にあの階段に近付く時の緊張感ってば無い。


それなのに…あれ以来、もう1週間も経つというのに、彼の姿を目にする事は無かった。

私の日々の中に、不思議な事が舞い込んで来たような気がしていたのに、こうも簡単に終わってしまうなんて。期待した分、なんだか落ち込んでしまう。

でもよく考えたら、この道は元々人通りの少ない道。そんな道で人に会っていた事自体、珍しい事だったはずなのだ。冷静になってみれば簡単に出る答えがそれ。

そうだよ。あの人がこの道を使っていたのは、この間がたまたまだったという事。普通はこんな時間にこんな裏の道を通ろうと思わなければ、通る訳が無いんだった。

それにだ。あの人は確か、あの時酔っていた。そうなるともしかしたら、私の事も、あの日の事すら一切何も覚えていないかもしれない。


…いや、もし覚えていたとしても、別に会いに来てくれるかも…なんて、そんな烏滸がましい事は思ってないけども。


「はぁ…」


大きな溜息をついて、今日もバイト帰りの私はいつもの道を歩く。