そう、聞く事は無かったのだけれどーー

それは、ある日のバイト帰り。場所はいつもあめさんと会っていたあの階段。私はそこに居た一人の綺麗な女性と、目が合ったんだ。

私は彼女を見てどこかで見た事があるような…と、記憶を探ったが、それは一瞬の事。瞬きをした瞬間、私はすぐに答えに辿り着いた。


息が止まるぐらいの緊張と驚き。足が固まり、その場から動く事が出来ない。それなのに、目だけは必死に彼女を捕らえようとする。


そんな私に向かって、彼女は一歩ずつゆっくり近付いてきて、会話に支障が無い距離まで来ると、そこで足を止めた。


「あなた…ハルキ?」


そう発した声は、とても澄んだ綺麗な音。…まさか、実物を目にする日が来るなんて。今聞こえてきたのはまさか、私の名前?


今まで経験した事の無い感動を味わい、私は声が出せないまま、2回ほど頷いた。

すると彼女は、表情の無かった顔を複雑そうな表情へと変えてみせ、私の事を上から下までサラッと目を通す。私はその間、え?見られてる!なんて舞い上がっているだけだ。正常な反応の仕方なんて全然分からない。


カチカチに固まったまま目を丸くする私を見て、彼女は何故だかガッカリしたようだった。


「…あたしの事、知ってるんだ」


もちろんです!とか、ファンです!とか、もっと良い答えがあったのだろうけど、私にはこれが精一杯だった。


「…アサヒ……」


私の声は、震えてか細いものだった。