「見てた。凄い恵まれてる家だって思って羨ましかった。普通じゃないのに、当たり前だと思ってる紬のそういうとこ、嫌いって思ってた」
 きっぱりと言われて、悪意を向けられて――私は驚いて、固まった。
 こんな風に悪意を向けられたのは、初めてだった。
 だから怒ればいいのか悲しめばいいのかすら、分からない。
「うちは片親だしお金ないから、仕方ないし。書く事しかないのに、何でそんな事いうの。図書室でしか本読めないのに。紬が嫌うなら、私も嫌い」
 孤高の、一ノ瀬ひなだったはずの少女が、目に涙を浮かべて私を睨んでいた。
「カーストの外に落ちる勇気のない臆病者の癖に。恵まれてるくせに、私を傷つけようとしないでよ」
 そう言って、一ノ瀬ひなは図書室を飛び出して行った。
 あんな文章を書く化け物のはずなのに。
 彼女も私を、羨ましがっていた。
 その事が信じられなくて、私はただ呆然と呟く。
「でも……私だって、羨ましかったよ。貴女の、才能が」
 もう目の前にいない彼女に話しかけて、初めて私はそれが本心だと気がついた。
 そうだ。嫌いなんじゃない。
 羨ましかったんだ。
 妬ましいほどの才能。私が、手を伸ばしても届かない才能を持っている彼女が羨ましい。
 でも多分、それは――きっと、彼女の環境が作った才能だ。
 冊子の奥から聞こえてくる、彼女の文字の叫び声。
 どうして、こんな陰鬱な文章を書けるんだろうと思っていた。
 どうして、こんなに書いている人は苦しんでいるんだろうって思っていた。
 でも、そうか。あれは、呪いから生まれた才能なんだ。
 私が、喉から手が出るほど欲しい文才は、彼女が嫌って仕方のない彼女の境遇が産み落とした。
 私を羨ましいと思う感情が、彼女を急き立てる。
 文字にして吐き出さないといけないぐらい苦しんでいるんだ。
 まさにそれは、呪いという名の祝福だ。
 普通の私には一生手に入らない才能。
 そして彼女が渇望してやまないものに、私は囲まれているんだ。
「馬鹿だな……」
 相手をよく知りもせずに嫌って、相手をよく知りもせずに傷つけた。
 私が世間知らずの子供だった事なんて、言い訳にならない。
 きっと彼女に許される事もないだろう。
 でも、もし許されるなら彼女ともっと、話してみたかった。
 友達に、なってみたかった。
 たとえカーストの外に落ちていっても。