彼女がカーストの外にいる理由が分かった。
 これだけの才能があれば、普通でいる事に必死になる必要がない。
 普通じゃないから、一人でも平気なんだ。
 いや、違う。――普通の私たちの事なんか、きっと見下してるんだ。
 付き合うだけ馬鹿馬鹿しいと思うから、無視する。
 そして彼女だけこの才能を手に、これからずっと私の欲しい物を手に入れていく予感がした。
(嫌いだ)
 明確に、思った。嫌いだ。――大嫌いだ。
 冊子を手にしているのも嫌だった。
 手にした所から、彼女の化け物じみた才能が私を侵食し、喰らい、殺す気がして、私は走って棚に戻す。
 本当は捨ててしまいたいのに、それが出来ないのはやっぱり、私が普通だからだ。
 思い切り輪の外に出るだけの、勇気がない。だから嫌って、視界から消すぐらいしか出来ない。
 あまりに惨めだった。
 でもこれが、才能のない人間の、普通の人間の『正解』だったのに。
「田中さん?」
 別の棚の奥から聞こえた声に、私は自分の運の無さを呪った。
 図書室に、一ノ瀬ひながいた。
 多分私が来るより先に、彼女はいたんだ。
 何も言えないままの私を見て、一ノ瀬ひなが後ろを見る。さっき私が、冊子を置いた棚だ。
「もしかして、読んでくれたの?」
 その声を聞いて初めて、私は、一ノ瀬ひながちゃんと喋る所を聞いた事に気がついた。
 教室では短い返答しかしない彼女が喋る声は、甘えて聞こえた。普通の女の子の、遠慮がちで、可愛い声だ。
 孤高の存在で、私たちを馬鹿にする人の声じゃなかった。だから余計に、私は困惑する。
 何より、読んでいる所を見られたのが嫌だった。
 嫌いだと思った相手に、嬉しそうな視線を向けられるのが――嫌だった。
「どうして……あんな文章、書けるの?」
 かろうじて言えたのは、それだけだった。
 一ノ瀬ひなが、驚いて目を見張り、視線を本棚へ向ける。
「別に、普通じゃない? まだまだ、全然書けないし。私は自分の書いたのに満足してない」
 ああ、嫌いだ。
 自分の才能を普通だと言えるその態度が。私を踏みにじっているとも気づかないその無自覚なあどけなさが。
「じゃあ、別の事に集中したら?」
 思わず嫌な言葉が、口をついて出た。
 明確に、私は悪意をその言葉に込めていた。他の事に集中して、才能を無駄にしようよ。そんな意味の込められた、悪魔の囁き。