沈黙の中に、彼女がページをめくる音だけがしばらく響いた。
 話す気がないという意思表示に、私たちは及び腰になって彼女から距離を取る。
「今のって否定?」
「彼氏なら、普通肯定するよね」
「じゃあマジでそうなのかな」
「嘘、ほんとに?」
 誰も、その単語は口にしなかった。でも同じ話題をしているのは分かる。
 ――本当に、パパ活してるんだ。
 そう誤解するしか、無かった。
 でもこれは彼女も悪い。否定をしなかったから。傷つく素振りさえ見せなかったから。
 あまりに堂々とした姿に、私たちはますます彼女から距離を取らざるを得なくなる。
 近づけば飲み込まれる。カーストの外側に弾き出されると、誰もが本能的に察知していた。

 誰もが、一ノ瀬ひなの事を口にしなくなって数週間が経っていた。
 元から孤立していた彼女は、あの写真をきっかけに余計に『近寄りがたい孤高の人』になっていた。
「あの人は、違うから」
 それが私たちの口癖だった。
 名前すら出さずに、たまに視線を向けて話題にして、私たちは違うと安堵する。
 異質な存在がいるから、私たちは、普通でいられるのかもしれなかった。
 今日も、私は普通だ。
 成績は中位。仲のいい友達と、放課後に学校近くのタリーズに寄ってテイクアウト。休日はたまに渋谷に行って遊んで――たまの休日に、私は一人で図書館に行く。
 本を読む時だけが、息をつける時。でも、たまにしか欲しくない時間だった。
 ずっと本を読むだけの自分は嫌だから。私は、息を止めて『普通』をする。
 それが一番正解で、楽しく過ごせる手段だ。
 一度きりしかない高校生活。寂しく過ごしたくないから。
 これが、私にとっての正解だ。

「――一ノ瀬が、高校生創作文芸コンクールで優秀賞を取りました」
 国語の時間、先生が告げた言葉に一番クラスで動揺したのは、多分私だった。
「あの人が?」
「うそでしょ」
「もしかしてあれが、審査員だったりして」
「ああ、そっか」
 静かにどこかから、漏れ聞こえてくる。
 私も、ただ驚くだけの側に行ければ良かった。でも自分の矜持が許さない。
 ――高校生創作文芸コンクールは、私も出したかったコンクールだった。
 そして、恥ずかしくて出すのを諦めたコンクールだ。