『だよね』には、その意味が込められている。
「それよりご飯、食べに行こうよ」
 これ以上陰口が続くのが怖くて、私は気分を切り替えた。
 生きていく為の正しい行動は、私の正義を壊していく。
 でも、仕方ない。私はこの中で生きているから。
 世界の外側を泳ぐ、一ノ瀬ひなは大丈夫。
 別に私たちのごく個人的な陰口なんて、彼女を一片も傷つけないんだ。

「ねー紬、この現場みぃと一緒に見たってほんと?」
 翌週学校へ来ると、みぃの撮った写真の話題でもちきりだった。
 クラスLINEに貼られていたのは知っていた。だから、覚悟はしていたけれどいざこうして聞かれると、私は言うべき言葉が分からなくなる。
 この教室の中には、一ノ瀬ひながいる。
 どこのグループにも属さない人だけれど、同じ教室で過ごす人なんだ。
「この写真、やばいよね」
 笑って、先延ばししながら着地点を探す。
「混んでたから、あんまり見えなかったんだけど――」
 本当は、見ていた。一ノ瀬ひなの、女の姿を。
「こんな格好するの、勇気あるよね」
「隣にいた人、どんな感じだったの?」
 言葉を探して逃げても、すぐに追い詰められた。
 みんなが知りたいのはそこだ。
 写真の後ろ姿では分からない、男性の年齢。パーソナリティ。社会的地位。そして、イケメンかどうか。
 私だって、知りたい。だからずっと見ていた。
 でも、私は形容する言葉を見つけられなかった。多分、ごく普通の部類だったと思うけれど、職業や年齢は分からない。
「多分、成人はしてるっぽかったけど――」
「してるよ」
 濁した私の言葉を引き継いだのは、一ノ瀬ひなだった。
 制服には似合わない形の、ショートヘアー。鋭い視線が、私たちを見ている。
「一ノ瀬さんじゃん」
 私を取り囲んでいた人垣が、一斉に開いた。全員が、自分の席についた一ノ瀬ひなを凝視する。
 初めて私は、そこで気がついた。彼女の机の近くで話していた事に。
 自分の席に着くために、彼女は返事をしたんだ。逃げも隠れもせずに。
 私だったらクラスLINEに貼られたら学校に来れないか、来ても教室に入れないはずなのに、彼女は堂々と着席したのだ。
「もしかして、彼氏?」
 誰かが遠慮がちに聞いたけれど、彼女は、明確に無視をした。
 席に座って、教科書を開いて予習を始める。