「図書館なんて久しぶりなんだけど」

 茉莉が大きな声で言うから、私は「シッ」と人差し指を当てる。
 もうこれで何度目かの注意だ。
 町はずれの山の中腹にある図書館は、私設図書館らしい。つまり個人が趣味で建てたというもの。

 あれから雨星についてスマホや図書館でも調べたけれど、どこを探しても載っていなかった。伸佳が人から、ここの私設図書館には星の本がたくさんある、という情報を入手したのが今朝のこと。

 ふたりの部活が終わるのを待って、学校帰りにやってきたところだ。
 頭痛は、まだ続いている。思い出そうとすると強くなる痛みは、記憶の扉を守る番人みたい。近づこうとすれば容赦なく頭を締めつけてくる。

 あの日、大雅が口にした『雨星』のキーワードがずっと心に残っている。
 そこに記憶の扉を開けるヒントが隠されている気がしている。

「大丈夫だよ。ここ、いつも人いないし。今だってあたしたちだけじゃん」

 茉莉の言う通り、館内にほかの客の姿はなかった。
 星の書籍が置いてあるコーナーで、私たちは雨星について書いてある本を探している。
 図書館にしては薄暗い館内は、館長の趣味なのか電気代の関係か。

「いや、マジ見つからねえ」

 伸佳が小走りで駆けてきた。

「ちょっと走らないでよ」
「大丈夫。ここの館長さん、俺の母親の知り合いの知り合いだから」
「それって、もはや知らない人じゃん」

 茉莉が的確なツッコミを入れる。
 それにしてもこの図書館には、たしかにすごい数の宇宙に関係する本ばかりが並んでいる。
 ボソボソ話をしながら指先で本のタイトルを追う。

「でもさあ」と茉莉が言った。

「雨星が大雅の作った言葉なら、そもそも調べてもわからないんじゃないの? 直接答えを教えてもらえばいいのに」
「そうなんだけど、雨星の言葉を聞いたときになにか思い出しそうになったんだよ。そこからたどっていけば記憶も戻る気がして……」

 この数日、大雅は学校を休んでいる。
 風邪は治ったものの、引っ越しの手伝いがあるらしい。
 明日からは来るそうだけれど、片想いをしている私には永遠と思えるほど会えない時間は長くて苦しい。
 だったら、少しでも自分で思い出したくなったのだ。

「あ」

 目の高さにある一冊の本が目に留まった。
 太い背表紙に見覚えがある気がした。
 取り出してみると大判の図鑑くらいの大きさで、表にはクレヨンタッチのイラストが描かれている。
 ふと、周りの空気が変わった気がした。見ると、茉莉と伸佳が顔をこわばらせていた。

「え、この本のこと知ってるの?」

 私の問いに、伸佳は「知らね」とひと言で返してくる。
 茉莉もなにもなかったかのようにほかの本の背表紙を見ている。

 ……あれ。

 ふと疑問が生まれた。
 ずっと一緒だったからわかること。
 ふたりはこの本を知っていて隠そうとしているって。
 まさか、お父さんとお母さんと同じで、ふたりも大雅が私にしたことを知っているの?
 急に不安になるけれど、尋ねてもふたりは答えてくれないだろう。だとしたら、悟られないようにしなくてはいけない。

 本の置き場所を確認すると、なんでもなかったように元の位置に戻した。

「ひょっとしたら星の本とかじゃないのかもよ」

 奥へ足を進める伸佳に「待って」と茉莉がついていく。私もあとを追いながら、頭のなかで順序だてて整理していく。
 私には小学三年生までの記憶がすっぽり抜けている。
 親はそれをよしとしている。むしろ、思い出さないようにその話題を避けている。
 茉莉も伸佳にはちゃんと言ってなかったけれど、元々知っていたとしたなら、私の記憶がないことをみんなで隠しているということになる。

 それくらいの大きな事件が私に起きたの?
 それは……どういう事件だったの?

『雨星が降る日に奇跡が起きるんだよ』

 ふいに声が聞こえた気がしてふり返った。
 幼い子供のような声。これは……昔、大雅が私に言った言葉?
 さっきの本のあたりで聞こえた気がした。

 ……そんなわけないよね。

「悠花、もう帰ろうよ。調査はまた今度にしよう」

 茉莉の声に「うん」とうなずいた。
 もう一度ふり返るけれど、そこには薄暗い本棚が並んでいるだけだった。