小川に流れる水の如く、いつの間にか時は過ぎて、もう夏という身を焦がす季節を迎えた8月。
真っ青な空の下、華やかな街並みと、その中心を華やかに飾る人々の行列が、そこにはあった。
街の中は、いつにも増して賑やかであり、煌びやかだった。特に、女達は。普段は色気のない和服のくせに、今日は誰もが派手な衣装を見に纏っていた。
それは、一生に一度着ることができれば良いとされる、女たちの晴れ衣装。
金や銀の眩い刺繍が施されている着物。目の覚めるような濃い色から淡い色に移り変わっていく袴。服を目立たせるために華やかさを引き出す色とりどりの羽織。さらに、髪には式典のような特別な時に付けるであろう、花や動物をかたどった簪が揺らいでいた。
みんながみんな、揃って着飾って、輝いて、強気な表情を浮かべている。まるで自身を注目してほしいと言わんばかりの女子達の格好に、いつもと同じ落ち着いた着物を着た私はため息をついた。
(みんな帝に見られたいようだけど、何がいいのか…)
今日はいよいよ、張り紙にあった帝が番を選ぶ日。だから、街がこんなにも騒がしいのだ。
女子達は街の周辺に群がる。そして、その道の真ん中を通るのが、帝を乗せた牛車だった。
派手な装飾が施された牛車の簾や小さな物見から、顔を隠した男性が垣間見える。
「きゃー、帝様!」
「どうかこちらを向いて!」
「こっちですの!」
「私を見て!」
自分達の前を通るタイミングで、牛車に近い女達は声を上げ、帝の気を引こうとする。
中にいる帝は声のする方をゆっくりと振り向いて、直後その口元に笑みを浮かべた。一瞬にして、その周辺が花に包まれたようなような雰囲気になる。
「きゃぁぁぁー!」
たったそれだけの行動で、群がる女は紅い頬に手を当てて悲鳴に近い叫び声をあげた。
(煩い……)
私は耳が痛くなるほどの騒音に顔を顰める。同時に、キラキラと輝く彼女達が遠い存在に感じられ、胸が痛む。
自分とは違う世界に住むことを突きつけられたように思い、居た堪れなくなった私はその場を後にした。
騒がしい帝の道中から外れて、人気があまり感じられない街へやってくる。あちらが賑わいでいた分、こちらはとても静かだった。
稀に小石が転がる砂道。まばらに見える人の姿。
普段なら出店が立ち並んでいて人通りが多いこの道も、今日は静まり返っている。やっている店なんてほんの僅かだし、歩いているのも男か小さな子供だけだ。
そんな中を、女の私が独り、孤独に歩む。下を向きながら、行く当てもなく、ただふらふらと。
そんな私を、周りにいる人、特に男達は物珍しそうに見てくる。
それはそうだろう。ほとんどの女が帝の番の席を勝ち取るために着飾って道中に集まっているのに、私だけなんの飾りもなく静かな街を歩いているのだから。
でも、私にはここの方があっている。あんな人混みの多い場所、私には場違いだ。
ああいった所に居るのを許されるのは、美しく格式の高い人のみ。もしくは、人並みに誰かから愛される人。
(私みたいな、みすぼらしい女のいる場所じゃないんだから)
沈んだ心持ちで角を曲がる。
その刹那ーー、
目の前から手が伸びてきた。
「な……っ!?」
声を上げる間もなく、口元を布で覆われる。両腕も強い力で捕まれ、身動きが取れない。
抵抗しようと呼吸をすると、突然視界が揺れた。猛烈な睡魔が何の前触れもなく私を襲う。
(な……に……?)
僅かに開いていた瞳で伸びた腕の先を辿る。一瞬だけ目に映ったのは、私よりも頭一つ分は上であろう身長の二つの黒い影。彼らは言葉を交わしていたように見えたが、声は聞こえない。
状況の理解もままならないたった数秒で、私は深い眠りに落ちた。