十年前のあの日、小楠は他の部下たちと共に宮橋の後を追っていて、そこで、その捜査員の右腕がキレイに消失するのを見た。そして、パニック状態になった部下たちの目の前で、彼は『全部がなくなってしまった』のだ。

 珍しく少し幼い眼差しをして、絶望のまま表情から力が抜けた宮橋が、何もない宙に腕を伸ばしたのを覚えている。その直後に彼の腕も消えて、どこからともなく消失したはずの部下の声が聞こえてきたのだ。

 なんと叫んでいたのか分からない。彼は既に狂っていたようだった。身体が消えたまま歓喜し、怯え、むせび泣く声が現場に響き渡っていて、小楠たちは誰もが動けない状況にあった。

 不意に無音となり、数秒ほど周りの風景が全て消え失せた。消失したはずの彼が見えたような気がした一瞬後に、小楠や三鬼たちの視界は戻っていて、やはり宙に向かって伸ばされている宮橋の両腕だけがなかった。

 宮橋はじっと一点を見つめて、暇潰しに刑事になっただけだから何時でも好きな時に辞めてやるさ、という普段の余裕もなく必死にこう言っていた。

――さあ、返すんだ。僕は彼の腕をしかと掴んでいる、こちら側の人間の干渉を受けているんだぞ。

――ああ、頼むから『彼を食べないでくれ』。

 次の瞬間、現われた宮橋の両手には、消えた捜査員の左腕だけがあった。悲鳴、絶叫、叫びがあった――と、小楠は忘れられない過去の回想を続ける。