『そうだなあ……。ああ、それから現場の確認の前に、宮橋の後ろを歩いていた藤堂が、奴がじっと見ていたっていう廊下で、客を外に出した時にはなかった血痕がありまして。検証の結果、被害者の血痕という事が判明したんです』

「お前が現場入りした時にも、なかったものという事か?」

『はい、その通りです。不思議なんですが、他にもそんなものが数カ所出てきたんですよ。でも、有り得ないんです。天井や、受付にあるテーブルの下からも出てきた血の痕は、鑑識の言い分だと、俺たちが乗り込んだ三十分の間に付いた物だって言うんですよ。……それこそ有り得ないでしょ。そうしたら、事件を起こした犯人は、しばらく俺たちと一緒に同じ建物内にいたって事になる』

 小楠はつい想像してしまい、ゾッとして言葉を返す事が出なかった。電話の向こうで、強がっているような口調で話した三鬼も、乾いた笑みをこぼしてすぐ沈黙していた。

 今まで、同じような奇妙で恐ろしい事件には、何度か遭遇した事がある。しかし、経験しているからといって、気味の悪いそれらの謎を完全に理解し得た事はない。

――見通しの悪い肉眼を通すからいけない。
――小楠警部。フィルター越しの機器で覗くといい。その方が、あなた達にはよく『視える』かもしれないから。

――ああ、でも無理なんだろうなあ……きっとあなたにだって、僕の世界を理解してはもらえないのだろう。

 そう語っていた明るい茶色の瞳が、小楠の脳裏を横切った。

 あの時、宮橋の見開いた瞳は絶望を捉えていた。新米だった彼の元に、三つ上の先輩捜査員が、パートナーとしてあった頃の話だ。