『ヨタク　トモヒサ』

　そのページには、被害者と関係がある友人や知人の名前がびっしりと並んでいて、全部カタカナで書かなくても、と先程読み進めながら真由が思った部分の箇所だった。罫線にきっちりと詰められたそれは、藤堂がマメな男であることを主張している。

「宮橋さんは、この『ヨタク』って苗字が気になるんですか？」
「出来れば漢字を知りたい」
「ふうん？」

　彼の方に身を乗り出したまま、真由は小首を傾げた。変わった苗字なんて他にも色々あるし、そんな気に留める事でもない気がする。

「眞境名(まじきな)って苗字もあるくらいですし、珍しいのって沢山ありますよね」
「いや、そういう事じゃないんだが――まぁいい」

　宮橋が話題を打ち切るように言って、何事か決めたように手帳を閉じた。チェス駒をポケットにしまうと、手帳を真由に寄越してこう続けた。

「これから聞きこみに行こう」

　突然、シートベルトを締めて車を動かした宮橋に、真由は素早く手帳をしまって慌ててシートベルトをしめ、「安全運転でお願いしますっ」と伝えた。

　彼は後ろに視線を向け、慣れたようにハンドルを操作して車の頭を道路に出したところで、怪訝そうに彼女を見やる。

「僕を誰だと思っているんだ。捜査一課でも一番の安全運転だぞ」

　説得力なく続けられた言葉の後、車は前触れもなく急発進していた。車内では本日二度目の、全く色気もない抗議の悲鳴が上がる。

　事件現場となったカラオケ店から、車で十五分ほど離れたところには活気溢れる商店街があり、午後二時過ぎの穏やかな空を仰いだ何人かの人間が、どこからともなく車のブレーキ音を聞いていたのだった。