宮橋は左手で手帳を受け取ると、右手で駒を動かしながら器用にめくり始めた。ぼんやりとした様子で手帳のページを眺めていく様子を、真由は背筋を伸ばしたまま黙って見守っていた。

 不意に、先程の殺人現場が脳裏をよぎって、彼女は「あ」と呆けた声を上げていた。三番目の事件現場で、一つの違和感に気づいたのだ。

 しかし、それを伝えようとした時、手帳を眺めていた宮橋の表情が変わった。彼はあるページで手を止めて、眉間に皺を寄せている。

「どうしたんですか?」
「…………いや、気になる苗字が」
「苗字?」

 名前じゃなくて? と真由は小首を傾げる。

「知り合いってわけでもないですよね?」
「この年頃にはいないぞ」

 答えた宮橋は、眉根を寄せたまま「カタカナじゃなぁ」と独り言を口にして、考えるように窓の外を見やった。

 少し気になってしまって、真由は身を乗り出して「どれですか?」と尋ねてみた。ほんの先程までのぎこちなさを忘れたみたいに、きょとんとした顔で自身が持っている手帳を覗きこまれた宮橋は、珍しそうに彼女の頭を見下ろし、それから開いたページを見せてチェス駒を持った手でそこを指した。