「んじゃ、お前は指摘してやらなかったのか?」
「『ちょっとひどい顔してますし、一度洗ってきます?』と、タオルを渡しました」
「ざけんな、俺と同レベルじゃねぇか!」

 途端に三鬼が立ち上がり、胸倉を掴んで揺らした。藤堂が「ちょ、珈琲がこぼれちゃいますからッ」と言うそばで、真由は受け取った缶珈琲がホットである事に衝撃を受けて、しばしじっとしていた。

 夏の気候のせいで、明るくなった外はすっかり蒸し暑くなっているのに、ホットかぁ……。

 とはいえ、気遣いは有り難いので、しみじみと思いながらも缶珈琲を開けて口にした。出来ればキンキンに冷えた炭酸飲料が良かったな、と先程遠慮して本音を伝えなかったことを少し反省した。正直に言うと、甘くない珈琲は今でも苦手である。

「んで、なんでこんなとこに座ってんだ? お前の部屋はあっちだろ」

 椅子に座り直した三鬼が、こちらから見える『L事件特別捜査係』の表札がかかった扉の方に親指を向けた。まだ誰も座っていない向かいの席から、勝手に椅子を拝借した藤堂が「宮橋さんが、まだ出勤していないからですよ」と言う。